<新連載>デジタル時代の組織とは?

<新連載>デジタル時代の組織とは?

組織とは?

18世紀の産業革命以降、人格を持たない“組織”という存在が社会に大きな役割を果たしてきた。組織の存在価値が高まったことで、人間という自然人と同等の権利・義務を与える必要性から“法人”という言葉も生まれた。

産業革命から260年余り経た今日、組織は人間の進化の数千倍ものスピードで巨大化し、いまや組織に従属することで自らの地位や立場を証明するまでに至っている。言うなれば、人間がモノを効率的に生産し流通・販売するための道具であったはずの組織がいつの間にか自己増殖を始め、組織の最大の目的である存続(Going Concern)を果たすために、そこに属する人間までも支配するに至ったと言えるのではないだろうか。

組織に属する人間は、多くの場面で組織論理に忠実に動こうとするが、より俯瞰的に観れば、それはあたかも熱心な信者のように、自分の価値観を組織に委ねることで得られる地位や立場に執着しているようにも映ってしまう。日頃は善良で親切な人でも、一旦組織に入ると人が変わったように非情で傲慢な態度で相手に接することは往々にしてある。虫も殺せない気弱な人でも、軍隊という組織に入れば大量殺戮すら辞さない人間に変貌することだってある。自らを魅力や能力に欠けた人間と劣等心を抱えた人でも、組織というパワー アシスト スーツを身にまとい一定の地位や立場が得られると、人が変わったように自信満々のナルシストに変わり、立場の弱い人に居丈高に振る舞うこともある。

逆に、自己と組織の狭間で生じる相克によるストレスが高じ、うつ症状、さらには自殺にまで追い込まれる人もいる。そこまで追い詰められる前にさっさと組織を抜ければ良いのにと客観的な観察者は思うが、一旦組織を抜ければ社会との接点が断たれるような恐怖もあり、容易に組織を離れることができない。

このような例は枚挙に暇がないが、これらはみな組織に従属して生きる人間模様を象徴しているように思えてならない。シンギュラリティが現実化しAIによる人間支配は心配しても、すでに組織という非人格的存在に支配されていることに思いを馳せる人は少ないだろう。こう考えると、組織という存在は260年もの間に人間の潜在意識のなかに潜り込み、現代人の価値観のなかに血肉化されたと言っても良いかもしれない。

<集団で活動する人間には組織の存在はごく自然な本能である>と考える人もおられるだろう。しかし、家族などの地縁血縁による集団と組織とは根本的に異なる。すなわち、組織には明確な目的が存在し、目的を実現するための役割とプロセスが規定されている。20世紀初頭の米国を代表する経営学者で、ニュージャージー・ベル社を経営する実業家でもあるチェスター・バーナードは、彼の主著『経営者の役割』のなかで組織の原理を明確に定義している。
つまり、「組織は共通の目的を持った協働の意志によって成り立つ」ということである。これが、地縁血縁で結びついた集団と組織の根本的な違いと考えてよいだろう。また、協働の意志という点では、中世の貴族社会やわが国の幕藩体制のような集団とも一線を画していると考えられる。

また、バーナードは「組織を維持するには共通目的感の共有、協働意欲(貢献意欲)の保持、コミュニケーション(伝達)の3要素に加え、組織均衡の維持が欠かせない。組織に参加するメンバーにとって組織参加への誘因が自己の貢献よりも大きい場合は個人が組織への参加を継続し、逆に貢献のほうが大きくなった場合は、メンバーは組織に不満を感じて離脱していくという意味である。そこで、組織均衡を維持する上で、組織の有効性(有益性)と能率が重要である」とも述べている。このような組織とメンバー(=被雇用者=人間)のドライで対等な関係性は、終身雇用が長く続いた日本では少々違和感をもって受け止められるかも知れない。言い換えれば、組織への従属意識は、わが国の方が欧米に比べて顕著に高いようにも思える。

こうした程度の差はあるが、現代社会における組織の役割は極めて高く、人は組織に参加することで生活の糧が得られるだけでなく、様々な社会参加の窓口の役割を果たし、あたかも自分のアイデンティティのような密接な関係を築きあげている。
しかしながら、ここで注視すべきは、組織は産業革命以降の大量生産・大量流通・大量販売を支えるために考案された手段の一つであって、決して人類の歴史のなかで普遍的に存在していたものではないということである。

デジタル時代は組織を変える?

先の当ブログ『人間中心の社会に向けて』のなかで、「資本主義はその成功ゆえに自壊する」というシュンペーターの言葉を引用した。つまり、常に前に前に泳いでいかないと窒息し死んでしまう回遊魚のように、現代の資本主義は成長を続けることが運命づけられている。飽くなき前進を続けるためには、生産物は次々に廃棄され新製品にとって変えざるを得ず、その結果<破壊と創造の連鎖>が生じると。

市場にはモノがあふれ、旺盛な人間活動は地球環境の危機までも招来し、格差は世界規模で拡大し、フードロスが社会問題になる国もあれば、飢餓に喘ぐ国や地域もあるといった極端に歪な状況が現出している。
こうした現代社会のアンチテーゼと言えるのが欧州グリーンニューディールで、限りなき成長という従来型資本主義の考え方から脱却し、“健康・幸福・環境”という人間と自然にフォーカスするという運動も進みつつある。

こうした現代社会において、大量生産・大量流通・大量販売の手段として産業経済をけん引してきた“組織”を、今後の社会ではどのように考えていくべきなのか?こうしたテーマは、デジタル社会の入り口にいる我々が、次の世代のためにも真剣に考えるべき課題であると考える。


こうした思いから、組織と働き方について様々な角度から考察し、今後新たなシリーズとして連載を開始したいと考えています。

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