人間中心の社会に向けて

人間中心の社会に向けて

「欲望の資本主義」からの示唆

 これまで、『幸福な社会とは?』について模索してきましたが、今回はこれまで3回の投稿のまとめも含め、今日の資本主義社会の観点から考察したいと思います。

 2018年1月にBS1で放送された『欲望の資本主義』というドキュメンタリーをご覧になられた方は多いと思います。私も、冒頭で語られたヨーゼフ・シュンペーターの「資本主義はその成功ゆえに自壊する」というナレーションに思わず引き込まれ、メモを取りつつ集中して視聴しました。シュンペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』を、学生時代以来久々に書棚から取り出して『第2部 資本主義は生き延びうるか』の部分を読み返しました。残念なことに番組のビデオは消去されていたためメモしか残っておらず、放送から3年を経たので少々記憶が薄れていますが、当時のわずかなメモを頼りに内容を振り返りたいと思います。

 「資本主義は創造と破壊を繰り返すことで発展する。それゆえ、一度成功を収めたとしても、さらに新たな価値を次々と創出しながら成功を続けるしかない。飽くなき創造と破壊こそが資本主義のエンジンである。だから、人々は常に創造に駆り立てられるしかない」とのナレーションが番組の冒頭でありました。ちょうどトマ・ピゲティの『21世紀の資本』を読んだばかりのころで、「r>g」すなわち、資本収益率(r)は経済成長率(g)より常に大きいという法則に衝撃を受けた頃だったため、この指摘はかなり印象深く心に響きました。「世界全体で上位8人の富豪の資産が、下位50%(約35億人分)の資産と同水準だった」といったオックスファム調査の結果も紹介していますが、これもピゲティの主張と一致しています。 また、「レーガン大統領やサッチャー首相によって行われた新自由主義1は、マネーパワーを解き放した資本主義上の革命であった」とのダニエル・コーエン2の発言も紹介していました。つまり、市場にすべてのコントロールを委ねたことでマネーパワーが万能の力を発揮できる環境が整い、“金融資本主義”への途を開いたということだと思います。 モノ(生産)が中心で経済が動いていたかつての工業生産主体の時代では、企業が労働者を守ることが存続上の至上命令でしたが、生産への依存度が著しく低下した金融資本主義では、合理化の追求が生き残るうえでの必須要件になり、その結果社員や労働者を切り離していく経済へと変わったとの指摘です。マネーの力で様々な企業を買い占め、それを分割して売り払う買占め屋が台頭したことは、事業に全く無知な門外漢であってもカネの力だけで企業を売り買いできるマネーゲームの時代が到来したことの象徴でもあります。番組では、マルクス・ガブリエル3が「スマホ一つで世界中の企業や労働者に思いつくまま指令を発することができる」とも指摘していました。

 投資家の関心を引くには総資本利益率(ROA)を高めることが重要ですが、そのためには当期純利益を増やすより分母である総資産額を減らすほうがはるかに楽で数字上の効果も得られ易いことから、社員や労働者を切り捨てる挙に出るのは、企業価値を機械的に評価する社会では自然な流れと言っていいと思います。「マネーはあらゆるものと交換できることから人間の無限の欲望を生み出し、無限の欲望に取り付かれた集団は、自らの共同体の規範や秩序を壊してしまう存在になる」というアリストテレス以来の定理が、今日の資本主義の主流になってしまったということでしょう。

 マネーゲームに加えて、金融資本主義はデジタル・イノベーションまでもが労働市場にとって負の影響を与える存在になっています。ルーティンワークをはじめ、人間による労働は次々と機械に置き換えられつつあり、「AIによって仕事が奪われる」という予測記事が紙面を賑わしています。ケインズも「将来は今の仕事の4~5割は機械に代わり、労働は週20~25時間になろう」と予測しています。合理化・効率化にのみ注目する今日の資本主義社会では、「機械にとって代わられないためには、人間は常にテクノロジーに打ち勝つだけの創造性を持ち続けるしかない」というプレッシャーがのしかかっていると述べています。

 雇用者は不況や失業を恐れ、賃金条件には目をつぶり雇用されることを優先することから、賃金水準が70年代以降は急激に鈍化したことにより消費性向が弱まることで需要増も期待できず、その結果企業の設備投資は抑制され、余ったマネーは投機に向かうといった負のスパイラルが生じているとも指摘していました。

 繰り返しになりますが、「飽くなき創造と破壊こそが資本主義のエンジンである」という言葉の背景には、投資することで増殖するマネーである“資本”によって成り立った経済構造の持つ宿命があるということが、番組では強く主張していたようです。たしかに、増殖が止まれば誰一人投資という行為に参加しなくなります。それを避けるには過去の製品を壊しつつ新たな価値を生み出していく他にないですよね。シュンペーターの「資本主義はその成功ゆえに自壊する」という何気ない言葉の裏には、このような今日の資本主義が陥った事態まで予測し警告していたようにも思えてきます。

幸福度指標と組織論理

さて、7月25日付のブログ『幸福な社会とは何か?』で、国連SDSNの『World Happiness Report 2020』による幸福度評価チャートで、『人生選択の自由度』が感情に大きく作用していることを紹介しました。すなわち、人生選択の自由度ではポジティブ感情とネガティブ感情が、国によって大きく振れているということです。

 基本的に、資本主義社会は個人の自由な活動を保障する“自由主義”がベースになっているため、自分の人生を選択する自由は保障されています。ただ、それは現実の経済社会の中では額面通りとはいかない場面に多く遭遇します。自由な生き方を願って経済社会とは隔絶した生活を送ろうとするには、極めて高いハードルと困難な生き方を覚悟しなければなりません。豊かではなくとも、安定した暮らしを求めたい気持ちは誰しも自然に持っていますが、そのためには多少は自分を押し殺しても今の経済社会の枠組みに参加せざるを得ないと考えても決しておかしくないと思います。つまり、生きるためには恣意的に選択の幅を狭めるといった妥協も受け入れざるを得ないのです。今日の経済社会の枠組みは、先に述べた通り資本によって成り立つ“組織”によって構成されているため、組織に参加し組織の論理のもとで動く以外に選択肢はないと考える人が大多数であっても決しておかしなことではありません。

 組織の論理は、時として自らの思考や信条と相容れないことも生じます。とりわけ、今日の資本が支配する社会においては、かなりの無理難題な要求がワンクリックでもたらされることもあります。そうした無理難題に対して、人々はストレスを感じつつも組織で生き残るためには自身を殺してまでも“必然的“な指令にも従わざるを得ないのです。このような社会で果たして幸福度が醸成されるのでしょうか? ささやかな幸福感を家庭や居酒屋、さらには没頭できる趣味の場など組織と隔絶した場所に委ね、ひと時の安息を覚える社会人も多いと思います。

 独立行政法人経済産業研究所では、2018年9月に『幸福感と自己決定』という興味深い実証研究を行い、その結果を公表しています。この調査は、様々な階層の2 万人の日本人を対象に、所得、学歴、健康、人間関係、自己決定など様々な階層が感じる前向き志向と不安感を数量化したもので、自己決定については以下の傾向がみられたとあります。

 すなわち、自らの決断レベルが高いほど前向き志向が高くなり、不安感も低いといった結果です。
 もちろん、自己決定の自由度が増すためには、家庭環境や学歴など様々な要因が考えられますが、こうした因子についてもレポートで詳細に述べられているためご参照されたらと思います。果たして、「私は自己裁量で自由に生きている」と胸を張って答えられる人はどれくらいおられるでしょうか。逆に、大多数の人は組織論理の下で、不安を抱きつつも組織が命ずるままに日々活動している方は大半のような気がします。

SDGsと金融資本主義

 SDGs(Sustainable Development Goals)は改めて説明するまでもなく、2015年9月に国連で採択された世界共通の地球環境運動で、17の目標と169のターゲットを定めたものです。今後の地球環境を守るには、2030年までに世界的な課題の解決が強く求められています。

 国連が公表した『Sustainable Development Report2021』での主要国のランキングは以下のような結果になっています。

 国名に添えた数字は165カ国中の順位で、アメリカは32位、わが国は18位にランキングされています。全般的に欧州諸国の順位が高く、なかでもフィンランド、スウェーデン、デンマークの3カ国は100点満点中85点前後とかなりの高得点を得ています。

 32位のアメリカにおけるパフォーマンスを細かく見ると、クリーンな水と衛生(Clean water and sanitation)/産業・イノベーション・インフラストラクチャ(Industry, innovation and infrastructure)/持続可能な都市(Sustainable cities and communities)については課題が達成されたと評価されていますが、不平等の削減(Reduced inequalities)/海の豊かさを守る(Life below water)/陸の豊かさを守る(Life on land)については大きな課題が残されていると評価されています。

 ちなみに、18位のわが国の評価は以下のようになっています。

 さて、2030年に迫ったSDGs達成時期に向けては、とりわけ産業界における努力が期待されていますが、新自由主義路線(レーガノミクス)を模範としたトランプ前政権ではかなり後ろ向きな政策が貫かれてきました。その結果が、アメリカでの右派と左派の対立の火種に一つにもなっているようです。みずほ総合研究所安井欧米調査部長のレポートによれば、「気候変動は自国に対する深刻な脅威である」と回答した割合が、右派と左派で大きく乖離していると報告しています。

 雇用を守り、強い経済を実現するという考え方には批判する余地はありませんが、創造と破壊による飽くなき成長の追求こそ資本主義を守ることだとする考え方が強すぎると、SDGsが掲げる均衡ある成長との調和との両立が難しくなるのではないかと懸念します。

 「資本主義はさらに多くの矛盾を生み出し、人類を滅ぼしかねない。現在起きていることについてのマシな理論を打ち立てないと人間世界の滅亡はいつか本当にやってくるだろう」とマルクス・ガブリエルが警告するように、今のままの資本主義が永続するという考え方から脱皮することが求められていると感じています。シュンペーターも「資本主義はその成功ゆえに土台である社会制度を揺さぶり自ら存続不能に陥る」と述べているように。

欧州グリーンニューディールとデジタル社会

 世界でSDGsに最も熱心に取り組んでいる地域は、私の知る限りでは欧州諸国だと思っています。

 欧州委員会では『欧州グリーンニューディール』を政策の目玉に据え、欧州経済社会の構造変革を目的とする新経済戦略を策定し、政策の実行を各国に提唱しています。SDGsランキングで欧州諸国がトップを独占するのも、こうした改革意識の高まりが大きく反映していると考えられます。

 欧州グリーンニューディールについては、ジェトロが2020年3月に『欧州グリーン・ディールの概要と循環型プラスチック戦略にかかわるEU および加盟国のルール形成と企業の取り組み動向』と題するかなり詳細な動向報告書を公表していますので、ぜひ参考にして頂けたらと思います。

 欧州グリーンニューディールの最大の特徴は、限りなき成長という従来の資本主義の考え方から脱し、“健康・幸福・環境”という人間と自然にフォーカスするという点にあると思われます。すなわち、再生可能エネルギーをインフラとして導入し、輸送や農業などの脱炭素化を図り、炭素排出ゼロの環境優良住宅を供給し、森林や生態系を保全するといった考え方です。こうした施策の基本は、2015年に策定された『循環型経済行動計画』が基礎になっており、官民投資による欧州戦略投資基金といったファンドを活用し、無理なくグリーン化への移行が遂行できるような仕組みが策定されています。

 また、地域共同体を形成してユニバーサル・ベーシックサービス(UBS)を目指す取り組みも、様々な地域で積極的に行われています。例えば、電気・ガス・水道といった公共インフラを消費者である市民が共同所有し、共同体での消費者目線による適正なガバナンスの下で運用するといった取り組みなどです。こうした、“健康・幸福・環境”という3要素を充足しつつ人々が暮らせることを目的とした社会は、大規模な投資や高いパフォーマンスを要求する利潤追求型の資本主義とは異なる、新しい社会構造の創造ではないでしょうか。言い換えれば、新たな共同体(コモンズ)による循環型社会の形成です。

 投資家の監視のもとで時価総額を拡大させることに邁進する新自由主義型の資本主義社会では、破壊(計画的陳腐化)による創造(新製品の供給)が絶え間なく続けられ、配当を増やすために合理化の名の下でのテクノロジー活用も活発に行われてきました。その結果、本来はモノや機械の生産から人間が解放されるはずだったデジタル社会が、デジタルによって人間が駆逐されるといった実に皮肉な結果が生じてしまっています。一方で、自らのインフラや生産設備を効率的に活用することで、より生産性が高く利便性に優る仕組みを構築するための手段にテクノロジーを活用すれば、デジタル社会は共同体に暮らす人々に大きな恩恵をもたらす利器になります。AIによる農業生産や輸送手段の確保など、その適用分野は限りなく広がり、ユニバーサル・ベーシックサービスの充実に拍車をかけることができるのです。こうした社会こそ、本来のデジタル社会であると考えます。
 かつてケインズが予言した「将来は今の仕事の4~5割は機械に代わり、労働は週20~25時間になる」といった真に成熟した資本主義社会が実現するのではないでしょうか。

 共同体の経済が好循環に回転すれば、共同体の資産価値が高まり、いずれはベーシックインカムを取り入れることさえ可能となります。なぜなら、投資を前提とした経済社会では無条件に投資家に支払っていた配当金を、共同体コモンズにまわすことができるからです。この点が、従来の資本主義とも社会主義とも異なる、共同体による資本主義社会の大きな特徴とも言えるのではないでしょうか。

  経済学の始祖と言われたアダム・スミスから300年経過した今日、資本主義の考え方は様々な変遷をたどってきました。資本主義の盟主を自他ともに認めるアメリカでさえ、“大きな政府vs小さな政府4”論争が続けられています。言い換えれば、資本主義とはそれほど懐が深い考え方であるともいえます。決して、人間の自由な活動そのものに一定の統制をかけるべきといった社会主義的考えに傾くことはありませんでした。その理由は至極単純で、自由主義という共通のアイデンティティが根底にあるからです。共同体コモンズの考え方も、こうした資本主義の進化系の一つではないかと考えています。


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