国民に受け入れられるデジタル改革方針とは

国民に受け入れられるデジタル改革方針とは

政府のデジタル改革基本方針で感じる違和感

 先週のブログで、政府骨太方針で次の時代をリードする新たな成長の柱の一つに「官民挙げたデジタル化の加速」が挙げられていると書きましたが、このベースとなったのが2020年12月25日に閣議決定された『デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針』です。

 デジタル改革基本方針では、「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」というビジョンが掲げられていますが、率直に言って私には食い足りなさを感じています。

 第四次産業革命とも称されるデジタルによる社会の変化は、18世紀の産業革命における蒸気機関にも匹敵する大きな社会変動をもたらすもので、今後どのような社会像を構築していくかのビジョンが最も問われる課題だと思います。残念なことに、上記デジタル改革基本方針も、さらにこれに先立ち2020年3月31日に技術検討会議が決定した『デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン』でも、この点における明確なビジョンの提示が欠落しているように思えてならないのです。

 デジタル改革基本方針には『何のためのデジタル化か』と題する節があり、それを受けて「デジタル化は目的ではなく手段に過ぎない」と述べています。これは至極当たり前の指摘ですが、その後の記述は「デジタル化によって、多様な国民がニーズに合ったサービスを選択でき、国民一人ひとりの幸福に資する『誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化』を進めることとする」と書かれているのみで、羊頭狗肉の感を禁じ得ませんでした。つまり、冒頭で手段であると断っておきながら、その直後には手段であるはずのデジタル化を『誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化』という曖昧な表現で濁しているように読め、肩透かしを食った気分になります。これでは、何のためのデジタル化なのか?という重要な問いへの答えにはなっていないばかりか、文章自体が自己矛盾を生じているようにしか思えません。

 その他、全般的に観念的な記述ばかりが目立ち、デジタルによって何を実現したいのか?どのような社会を築こうとしているのかが一向に見えてきません。「多様な国民がニーズに合ったサービスを選択でき」という表現も、国民の意思を尊重した表現というより、国民任せのような感じすら抱いてしまうのです。

 この文書の肝は、やはり<Ⅳ.デジタル庁(仮称)設置の考え方>にあるようです。菅内閣の目玉政策ともいえるデジタル庁開設の必要性・重要性を訴えるために、前章までの記述を枕として置いたように思います。しかし、デジタル庁の設置などは枝葉末節の手段(単に組織を整備するだけ)に過ぎません。デジタル社会に向けた改革という表題を掲げる以上、最も重要なことは改革に向けたビジョンの提示であって、デジタル技術を生かしてどのような社会に変革していくのかが問われるべきだと思います。今日では死語になったのかもしれませんが、<国家百年の計>を世に示し、国民的論議に付して合意形成を図ることが内閣の重要な役割だと思うのですが、今回の閣議では、いったい何を閣議決定したのだろうかと疑問すら抱いてしまいます。

 同日の閣議では『デジタル・ガバメント実行計画』も閣議決定されましたが、これは前記デジタル改革基本方針に基づく実施計画であり、デジタル社会が目指すビジョンについては触れられていません。また、2021年6月18日に閣議決定した『経済財政運営と改革の基本方針2021(骨太方針)』でも、直面している課題などへの対策については触れられているものの、デジタル社会の到来という大きな変革に向けて、今後わが国が進むべき具体的な方向性までは言及されておりませんでした。

 人口の急激な減少、高齢化と労働人口の減少、社会保障費の増大、格差の拡大など、今日の社会が直面する様々な課題を直視し、中長期にわたって持続可能な社会のあり様を提起し、デジタル社会のあるべき姿に向けた熟議を重ねた結果こそが、本来のビジョンのあり方ではないかと思えてならないのです。

 『デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン』の冒頭で、「1997年以来、行政情報化推進基本計画からはじまり、数々のIT戦略、電子政府戦略が作られてきた」と書かれていますが、実際、過去数々のデジタルに関連する戦略や政策が作られてきたにもかかわらず社会に根付くまでには至っておりません。その大きな要因に、旧来の社会制度を顧みる努力はせずに無理やり先端的なデジタル技術を導入しようとしたことが作用しているのではないかと考えています。デジタル社会は、最新のデジタル技術さえ借りれば構築できるようなものではありません(この考え方についての詳細は当ブログ『ニッポン病への処方箋』をご覧ください)。

 また、デジタル政策には日常活動に直接結びつきにくいため、国民が自分事として主観的にとらえにくいという難点があります。同様の傾向は行政内でも生じやすく、得てして現業部門は情報化方針に無関心になり、従来の事務要領に固執しがちな傾向があります。従来のIT戦略でも、主観省庁に検討を委ねた時点で目標のクリアのみに注力され(=手段が目的に変わってしまい)思うような成果が出せないということは多く見られました。デジタル改革基本方針の策定では、関係する様々な組織による主体的な議論と合意形成がなにより重要であり、それにはデジタル社会にふさわしい国家ビジョンの提起は欠かせないと思うのです。「デジタルのような面倒なことはデジタル庁に任せればいい」などという姿勢では決してデジタル政策は定着せず、わが国のデジタル化が取り返しのつかない事態に陥るのではないかと懸念しています。

デジタル改革基本方針とは?

 では、デジタル改革基本方針には具体的にどのような内容が求められるのでしょうか?

 デジタル文化という新たな価値を世の中に浸透させるという観点では、マーケティング理論が大変参考になる考え方だと思います。マーケティングは製品(価値)を市場に浸透させるための戦略で、デジタルという新たな価値に置き換えても応用できる部分は多いと考えるからです。

 市場に投入された新たな製品や価値を広く浸透させるためのマーケティング戦略には、以下の大きく6つのステップがあると言われています。

 ① ライフサイクル目標の設定
 ② ライフサイクルオプションの選択
 ③ ライフサイクルシナリオの構築
 ④ 製品やプロセスのデザイン
 ⑤ ライフサイクルの実現
 ⑥ ライフサイクルの評価と改善

 こうしたステップをデジタル改革基本方針に当てはめると、以下のように置き換えられるのではないでしょうか。

 マーケティングとデジタル改革では、規模も対象も全く違うと思われる方も多いと思いますが、韓国が国を挙げて今日のデジタル社会を構築してきた経緯を振り返ると、あながち単なる置き換えとは断言できないと思うのです。そこで、韓国がデジタル社会に踏み入れた当時の政策を振り返ってみたいと思います。 90年代末のアジア通貨危機で手痛いダメージを被り危機に瀕していた韓国が立ち直る原動力になった要因の一つが国を挙げたデジタル化の推進だったことは広く知られています。97年に第15代大統領に就任した金大中氏は、インタビュー1で次のような発言をされています。

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経済危機克服の最も重要な戦略の一つが情報化です。それには、21世紀の基幹産業である情報化産業の育成がこの上なく重要で、今後の情報化時代には情報化運動が社会を牽引するべきです。
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 金大中大統領が掲げた韓国経済再生戦略は盧武鉉政権にも引き継がれ、次の5つの経済政策の柱と具体的な目標が立案されました。

 この5つの経済政策は、国民に向けた明確な戦略目標であり、先に挙げたデジタル社会構築に向けた第1ステップ<国家(デジタル)ビジョンの設定>に該当するのではないでしょうか。

 5つの経済政策のなかでデジタル化を最も中心的な柱に据え、「8・3・9戦略」と呼ばれる政策が作られました。「8・3・9戦略」は、デジタル社会構築に向け重要と考えられる要素を8つのサービス、3つのインフラ、9分野の成長製品に集約し、それに資源や人材を注力投入するというセグメント戦略が立案されたのです。
 この「8・3・9戦略」こそ、第2ステップ<サービス/成長製品の選択>に相当すると考えます。

 「8・3・9戦略」が優れていると思われる点は、列挙された政策は決して特定の行政組織や団体に振り分けられるものではなく、むしろ組織を横断して課題解決にあたる必要のある課題であることです。その結果、標準リポジトリやベースレジストリなどの標準化がこれら戦略の遂行過程で構築され、行政情報共有化施策への足掛かりにもなっています。また、ここで集中的に遂行された成長製品の多くは、20年経過した今日でも韓国経済を支える基幹技術に発展を遂げています。

 次に、第3ステップ<推進戦略の構築>ですが、これは「u-korea推進の基本戦略」が該当します。

 u-koreaは、わが国のe-Japan戦略を真剣に学んで策定した戦略と聞いていますが、図中にある“韓国型IT発展モデルの確立”、“国民の生活・文化革新へ転換”、“選択と集中戦略で効果増大”、“官・民・学の連携強化”という4つの具体的な目標が設けられています。さらに、こうした目標に対してPDCAサイクルを回すことで、評価・改善を繰り返すという仕組みで構成されています。つまり、第5ステップ<費用対効果などの評価と改善>も戦略の中に包含されていると考えられます。

 第4ステップ<継続利用できる仕組みの普及>は、金大中政権下の2001年に成立した電子政府法と電子署名法である程度確立されていたと見ることができそうです。この両法律によって、電子化文書を前提とする行政運営、オンライン申請可能な環境の整備、電子署名による公文書の送受信、行政情報を共同利用する原則、重複投資の禁止と標準化の推進、電子政府成果の評価と公開の義務化などといったデジタル社会の基本的枠組みが決定しています。

 また、デジタルへの国民の信頼性を大きく高める契機となった『Open System(民願処理オンライン公開システム=The Online Procedures Enhancement for Civil Applications)』の全国の行政機関での採用も、第4ステップの<継続利用できる仕組みの普及>にとって大きな好材料につながったと言ってよいでしょう。Open Systemによる効果は、2001年の時点で以下のように報告されています。

  • 腐敗の減少 ⇒ 住宅・建築分野:29.8%、建築分野:17%、都市計画分野:9.9%
  • 行政業務の処理速度の向上 ⇒ 工場の設立申請:17%、屋外広告の許認可:28%

 こうした目に見える効果を国民に広く告知したことで、デジタル政策への主体的な国民参加が促されたことも事実です。

 ちなみに、韓国では重要な国家プロジェクトについては、具体的な数値を伴った評価レポートの公表は常に行われています。国民の税金を預かる行政は、その使途内容と効果について国民の審判を受けることは政治家や公務員としての当然の義務であるという考え方が根付いています。こうした考え方は、軍事政権や光州事件という悲惨な過去を経験し真の民主主義国家とは何か?と深く考えた結果でもあると聞いていますが、同時に第5ステップ<費用対効果などの評価と改善>を重要視しバランスの良い発展を志向するうえでの必須要件であると考えた結果だとも言えます。

 金大中氏・廬武鉉氏と2代の大統領が成し遂げた政策上のレガシーが、今日の韓国を支える屋台骨になっていることは異論を差しはさむ余地はない事実だと思います。

わが国のデジタル改革に向けて

 以上、韓国がデジタル国家に変貌するきっかけとなった改革を振り返りましたが、わが国の『デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針』『デジタル・ガバメント実行計画』などの諸政策との違いをお汲み取り頂けたのではないでしょうか。すなわち、違いを一言で言えば、デジタル技術を使ってどういった社会を構築するのかという最も肝心な論点が欠落していることと、国民にデジタル化による効果を具体的かつ実証的に分かり易く伝える方策が欠けていることです。これは、マーケティングが対象とする製品に限らず、新たな価値や文化などを世に普及させるうえで欠かせない要素です。こうした努力の積み重ねによってはじめて社会に定着するものです。2020年3月31日に技術検討会議が決定した『デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン』も、将来の社会像について様々な角度からの考察はなされているものの、デジタルを社会に根付かせるためのデザインとしては物足りなさを感じてしまうのです。政府のこうした姿勢が、前出の韓国における5つの経済政策や8.3.9戦略などと大きく異なる点だと思うのです。

 さて、下のグラフは総務省『令和2年版通信白書』から作成したものですが、ここ10年間でのデジタル機器の普及は、スマートフォンなどのモバイル機器を中心に急激に加速しています。韓国がu-Koreaを策定した20年前とは大きく異なり、今日ではデジタル機器が生活に欠かせないツールとなっています。

 また、インターネット利用者層は、下図のように20歳代から50歳代はほぼ100%に近くまで浸透しており、60歳代以上の高齢者層も2019年において目覚ましい伸びを示しています。

 このような利用者の拡大は、コロナ禍による自粛生活が長期化したことでますます高まっていくと予想されます。つまり、デジタル環境を受容できる条件は十分整っていると考えられます。それだけに、「国民の幸福な生活を実現する人に優しいデジタル化」などといった抽象的な表現ではなく、多くの国民の胸に刺さるデジタル改革の青写真の提示こそ重要ではないでしょうか。


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  1. 1997年9月20日世界日報のインタビュー記事
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