好循環な経済社会に向けた課題

好循環な経済社会に向けた課題

Where does our public money go?

 長期化するデフレからの脱却を目標に安倍前政権が掲げたアベノミクスですが、肝心の持続的な経済成長軌道には乗れていないようです。下の絵のように、“大胆な金融緩和”や“機動的な財政政策”が、“民間投資を喚起する成長戦略”に向けたジャンプ台だとすれば、大量に投入された公的資金は、経済の成長戦略にどのような効果をもたらしたのでしょうか?

 コロナ・パンデミックにさらされている今日で成長戦略などを考えるの時期尚早だと言われる方もおられると思いますが、コロナ後を見据えた社会のあり方への模索は、今だからこそ必要ではないかと思います。そこで今回のブログでは、公開されている各種経済指標をもとに、依然として成長軌道に乗ることができないわが国の経済環境について私なりの考察を試みたいと思います。

 さて、全銀協は、『全国銀行 預金貸出金速報』を毎月公表しています。この資料から、2010年度から2020年度までの総預金と貸出金の年度ごとの実績をグラフにしてみました。

 貸出金の対前年度伸び率(オレンジ色の折れ線グラフ)に注目すると、2010年度ではマイナス水準だった伸び率が、アベノミクスが開始された2012年度に至るまでが急拡大したことが見て取れますが、それ以降はほぼ一定の伸び率をキープしているようです。2020年度に再び急拡大したのは、コロナ禍による緊急融資制度による運転資金貸出しによるものが大きいように思われます。一方で、総預金の伸びはかなり順調に推移しています。

 また、日本政策金融公庫が公表している『融資実績推移』では、年を追うごとに融資実績が下降傾向を示しています。

 

 実績値のスケールが2019年度までのため、おそらくこの後は新型コロナウイルス感染症特別貸付などの割合が増すことで融資実績は大きく伸びることになると思いますが、2019年度の融資実績の内訳をみると成長が見込める分野への融資割合はさほど多くないように感じます。

 では、“大胆な金融緩和”や“機動的な財政政策”で投入されてきた莫大な公的資金は、いったい何処に行ったのでしょうか?

景気が拡大しても生活の困窮度は高まる?

 政府は、アベノミクス効果で景気の拡大基調が2012年12月から2018年10月まで71カ月も続いたと説明しますが、生活実感でそのように感じている人は少ないのではないでしょうか。このことは、『家計調査(家計収支編)』のデータからも見て取れます。とりわけ2014年4月に消費税が8%に増税されて以降のエンゲル係数1の上昇は、平均的国民の生活水準の低下を如実に表しています。コロナ禍によってさらにエンゲル係数が急上昇に向かっており、このまま推移するとかなり発想の異なる経済対策を打たない限り、生活の困窮度はさらに増していくのではないでしょうか。

 景気拡大局面にあったにも関わらず生活水準が伴わなかった理由は、総務省統計局の『国民経済計算』の数値にそのヒントがみられるように思います。下のグラフは、国内総生産(支出側)と民間最終消費支出に物価水準を含めたものですが、2013年下期を境に物価水準だけが上昇軌道にあることが見て取れます。

 つまり、平均的な国民の多くは消費支出をなんとか抑えながら家計をやりくりしている生活実態が見えてきます。これが、戦後2番目の長期好景気と言われる経済状況下においても、生活実感としてそう感じられなかった理由の一つではないだろうかと思うのです。

内部留保率の増加

 財務省管轄の財務総合政策研究所の『法人企業統計調査』によれば、法人企業の利益剰余金すなわち内部留保の伸びが極めて顕著であるとされています。これに比べて、従業員や役員の俸給(給与と賞与)設備投資の伸びは極めて緩慢なことが見て取れます。

 では、内部留保が年を追うごとに増加傾向にあるのには、どのような理由が考えられるのでしょうか?そもそも内部留保とは当期純利益のうち配当金に回されない部分、つまり企業が蓄えた利益です。

 内部留保(利益余剰金)の割合は、2012年度以降年々増加傾向にあると言われています。一般に、内部留保率は不景気になると下がり、好景気であれば上がる傾向にあることから、「(アベノミクス効果で)戦後2番目の長期好景気が実現した」と政府が胸を張る理由も分かります。

 では、企業が内部留保を増やす理由はどこにあるのでしょうか?

 内部留保には、大きく2つの理由があると言われています。

①万一の経営危機に備えて内部留保を確保する
②内部留保の多寡が企業の信用スコアにつながっている

 ①の経営危機への備えという理由は、今回のコロナ禍や国際情勢の不安定さなどから、経済バランスがどのように変化するかなど不透明な要素が大きいため、いざという時への備えを確保しておくということで理解しやすいと思います。また、需要が好転せず将来のビジネスモデルが見通しにくいため、投資をどこに振り向けたらいいのか判断に迷っているといった要因もあるかもしれません。

 一方、②の内部留保が信用スコアにつながるという点についてはわが国独特の商習慣が作用しているようです。それは、“掛け取引”と言われる決済行為です。つまり、商品を納品/検収した時点ではなく、後日決められた期日までに支払いを行う方法で、これは締め日の翌月末に一括払いするなどで支払いや集金の負荷を軽減させるための工夫と言えます。わが国で掛け取引が一般化しているのは、日本の商取引が企業間の信用によって支えられているからで、そのため取引先の内部留保(利益余剰金)に余裕があるか否かが注目されることになります。そのため、比較的資金繰りの余裕が乏しい中小企業の方が内部留保率は高いようです。

 このように、掛け取引は取引先の信用によって支えられていますが、一方で売り手にとっては貸し倒れリスク以外にも、代金の回収までの資金繰りに苦労するなどのデメリットもあります。また、取引先の与信調査などにも負荷が生じていることも否めません。こうした背景から、掛け払い決済を代行するサービス事業者などが数多く表れていますが、こうしたサービスを受けるにも信用スコアが前提になるため、一定の内部留保を確保しておく必要が生じるのです。

キャッシュレス決済への模索

 経済を好循環に向けるには、資金の滞留を極力削減しマネー流通を促進することが何よりの処方箋であることは言うまでもありません。それには、信用スコアのために内部留保を確保するなどといった決済に関係する仕組みの抜本的改革も必要ではないでしょうか。
 こうした検討を行う上での参考事例として、スウェーデンの“BankID”と“Swish”と呼ばれる2つの電子決済サービスを紹介します。

① BankID

 BankIDは、口座を登録した銀行から入手することができ、口座開設後の取引は基本的にBankIDを介してオンライン決済がリアルタイムに行われています。オンライン決済を行う主体が口座を持つ本人(法人も含め)であることの証明は、銀行が発行するBankIDアプリによってなされます。つまり、BankIDは実在する国民もしくは法人であることを証明する個人登録番号(日本のマイナンバーとほぼ同じ性格を持つ)や法人に割り当てられた番号をトラストアンカーにして、口座を保有する銀行が発行する証明書であると言えます。わが国の銀行でもオンライン決済は行われていますが、大きな違いは個人や法人に付された番号をトラストアンカーにしていることと、認証の仕組みを銀行間で統一していることです。
すなわち、口座開設後の取引は、銀行が発行するBankIDアプリとパスワードによって実行され、BankIDアプリは、口座所有者の公的な番号(マイナンバー)と紐付けられているため身分を確実に証明することができるといった仕組みです。調査を行った2018年の時点ではスウェーデン国内11銀行が共通のシステムとして発行していると聞きました。

② Swish

 Swishは、バンクカードをさらに簡便に使いやすく発展させたもので、スマホに収納するSwishアプリに送金相手の携帯電話番号と送金額、それに本人のパスワードを入力するだけで、即時に互いの銀行口座に資金が移動するといった仕組みです。このサービスは、スウェーデン大手銀行が共同開発し、2012年12月からサービスが開始され、すでにスウェーデン国内すべての銀行がサービスを採用しています。利用者は、2018年時点でおよそ750万人と言われており、これはスウェーデン人口の73%にあたります。
 また、Swishは北欧4か国に加え、エストニア、リトアニア、ラトビアなどでも導入され、将来は国際間の取引への拡大を考えているようです。国際間取引が可能になれば、通貨の異なる国の間の送金や決済も、決済時点での為替レートが反映され、送金手数料などの負担もなく即時に決済を行うことも可能になると思われます。
 Swishのデータセンターは銀行の共同出資によって運用されており、個人間決済であれば無料で利用でき、店舗などの営利目的での利用では1~2%程度の手数料で利用されています。

 BankIDやSwishが導入された最大の目的は、資金決済に伴う負担(現金や釣銭などの用意、入出金に伴う手間の解消)にありますが、これは銀行経営にとっても極めて大きなメリットとなっており、支店やテラー職員、ATMなどは大幅に削減されています。BankIDやSwishの導入に銀行が主体的に関った動機になっただけでなく、極めて安価な決済手数料でサービスを展開した理由にもなっています。つまり、現金の取り扱いをなくすことで、銀行側の経営コストの大幅な削減につなげるという意図が大きく作用しています。

 中国や韓国をはじめアジア諸国でもこうした仕組みを積極的に取り入れており、以前訪れたソウル中心街にあるメガバンクの支店でも、週末にもかかわらずATMコーナーも含め店内に来客はほぼいなかったことが強く印象に残っています。

 キャッシュレス社会の到来が語られ出して久しい今日ですが、わが国のキャッシュレスへの移行は世界水準から見ればかなり遅れています。これには、現金への依存性が高い国民性も大きく作用しているようですが、カード決済に対する漠とした不安も大きく作用しているのではないでしょうか。カード決済にはクレジットカードやプリペイドカード(わが国ではこれを“電子マネー”と定義しているようですが)、それにデビットカードなどが存在しますが、これらはいずれも決済会社が介在しています。その結果、決済会社への決済手数料が生じるだけでなく、第三者が介在することへの不安もあるようです。例えば、電子マネー発行会社は2018年3月末で1,909社に上りますが、最近では統合化の動きもある今日でも、使える店舗は券種によって微妙に異なっています。つまり、キャッシュレスな生活を送るには、かなりの数のプリペイドを持ち一定額チャージしておく必要が生じます。また、残高の換金は認められていないため、使われずに死蔵されてしまう額も決して少なくはありません。

 以下は私見ですが、キャッシュレス社会を実現する主体は、金融機関ではないだろうかと考えています。スウェーデンやアジアなどの事例にみられるように、銀行同士が連携して共通で使えるデビット方式を採用すれば、かなりのスピードでキャッシュレスへの移行は進むと思うのです。

 経済を好循環軌道に乗せるには、マネー流通の促進は欠かせない課題です。それには決済方式を可能な限り効率化し、掛け払い決済など内部留保の原因となる要素を改善していくことが必要だと思います。キャッシュレス決済の促進は、B2C(法人対消費者)取引だけでなく、B2B(法人対法人)取引にも適用できる低コストの決済方式です。口座間決済によるキャッシュレス決済の仕組みでは、信用スコアは口座残高によって判断が可能になるため、決済のための内部留保の必要性は薄れることにもつながります。

 いずれにしても、わが国の巨額な公債が市場に潤滑に回り、経済全体を潤す好循環な経済基盤の構築が強く求められているのではないでしょうか。


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