パンデミックが社会にもたらしたもの

パンデミックが社会にもたらしたもの

コロナは第2の黒船?

 今回のコロナウイルスによるパンデミックは、100年、200年後の未来の教科書では“第2の黒船”と表現されるのでは?と思っています。それほど社会に与えた影響は大きいと考えています。

 単純な比較をするために、日銀が四半期ごとに行っている『主要銀行貸出動向アンケート調査』結果の数値をグラフにしてみました。この調査は、上位50銀行及び信用金庫を対象に、過去3ヶ月間で「企業向け」、「地公体等向け」、「個人向け」の資金需要がどのように変化したかを指数で表したものです。

 青い線が企業向け貸出動向を表していますが、リーマンショック、東日本大震災などの災禍以上にコロナによるパンデミックが大きく反応していることが見て取れます。 また、同じ四半期ごとのスケールで実質GDP(支出)と消費動向1の数値もグラフ表示してみました。

 このように、コロナウイルスによる感染拡大は、少なくとも今世紀に入って最大規模の影響を与えたと考えられます。もちろん、今時点はまだ収束しておらず、今後の経過次第によっては大きくグラフを書き換える必要に迫られるかもしれません。

 今から170年近く前の1853年に、鎖国状態にあったわが国に開国を迫った米国ペルー艦隊の来航を機に国内は大混乱に陥り、その結果300年続いた徳川幕府は瓦解し明治政府による近代国家が成立しましたが、これは単に政権が変わっただけでなく、国民全体の価値観や生活様式などに革命的な変化をもたらしました。今回のコロナによるパンデミックも、それに匹敵するほどの影響力を持つものとして受け止めるべきではないかと思っています。
 古くから我々人類は、大規模災害や戦争などによる災禍を潜り抜けるたびに、新たな知恵や価値を創造してきました。知恵を結集して新しいものを想像する力と変化を受け入れ順応する能力こそが、人類がこれまで生き残ってきた最大の武器だったのではないでしょうか。そこで、今回のコロナ禍によって得られた経験について私なりに整理してみたいと思います。

コロナによって見えてきた医療体制の課題

 今回のコロナ禍で私自身が最も衝撃を受けたことは、わが国の医療体制の意外な落とし穴を見せつけられたことでした。これについては前回のブログで書きましたので重複は避けますが、有事の際にも対応可能な医療体制の見直しは喫緊の課題だと思います。なかでも、病院、診療所や介護施設、保健所、薬局など、国民の健康にかかわる機関間の役割分担の明確化と相互連携に向けた仕組みづくりは、今回の災禍を契機にぜひ前向きな検討を進めて欲しい重要な課題だと思います。
 なかでも、保健所の役割の重要性には改めて気づかされました。わが国の保健所の数は1992年の852か所をピークに減少の一途をたどっています。なかでも、1994年の保健所法改正によって保健所機能を市町村に権限移譲して以降、その数は大きく減少しています。

 わが国は、明治以降感染症対策として保健所に大きな役割を担わせてきました。しかし、最大の感染症と言われ愁眉の的であった結核への治療の目途が立って以降、感染症による大きなパンデミックに見舞われなかったことや、国民皆保険制度に支えられた地域拠点病院の充実などによって、保健所への期待も薄れたことも背景にあったようです。
 今回のコロナによるパンデミックは、こうした保健所体制の不備を見事に突かれたことになり、検査や感染ルートの把握などで目詰まりを起こすなどの様々な支障をもたらす結果となりました。今になって振り返ると様々な反省すべき点がありますが、これを単に保健行政の責任と批判して済ませられるような問題ではないと思います。なぜなら、今日のわが国の医療制度の抱える、次のような根本的問題点が内在していると考えるからです。

①自治体に委ねられた保健所は、地域拠点病院などとの役割分担が必ずしも明確ではなく、むしろ住民の生活に根差した健康づくりの役割に重きが置かれることになった

②広域的な対策が求められる感染症対策では、地方分権による体制に不向きな面が多く、結果的にそれが感染症対策の足かせにつながった

③保健所の縮小に伴い、質量ともに人材の払底が生じた。なかでも、積極的な疫学調査など感染発生源の特定や傾向・特徴なとの学術的分析ができる人材が不足した

 また、これは保健所行政に留まりませんが、国民医療費への負担増が医療行政などに重くのしかかっていることも根本的問題としてあります。財務省の『社会保障について①(参考資料)2020年8月』によると、2021年度予算ベースの医療費は約47兆円に上っていると言われています。高齢化の進展で、この数値は年々高まっていくと予想されます。

 以上のように、今日のわが国における医療体制の抱える根本的な問題も含め、様々な課題が今回のコロナ禍で顕在化したと言えるのではないでしょうか。

コロナ禍で進展したデジタル活用

 今回のパンデミックを機に今後の医療改革の一歩となり得るデジタルの活用が開始されたことは、大きな収穫だと感じています。以下、特に今後有望だと思える取り組みを3点ばかり紹介したいと思います。

(1)ワクチン接種記録システム(VRS)

 ワクチン接種記録システム(VRS=Vaccination Record System)は、接種を受けた個人の接種状況を記録するシステムです。医療現場で接種者情報と接種記録情報を専用のタブレットから入力することで、いつ、どこで、何のワクチンを接種したかといった情報をサーバで集中的に記録・管理することができます。
 この仕組みを耳にしたとき、2017年12月に私どものNPOが行った『2030年デジタル社会のグランドデザインフォーラム』で提起された予防接種情報の分断の話を思い出しました。人は幼児期から現代にいたるまで様々な予防接種を受けますが、いつ、何のワクチンを接種したかを確実に記憶している人はまずいないと思います。また、学齢期までは厚生労働省が管轄し、小学校に入学してから社会人になるまでの期間は文部科学省の管轄になるため、この間の接種記録も管轄が異なることから分断されて管理されてしまいます。さらに、記録の保管にも一定の期限があるため、社会人になってから改めて自らの接種情報を閲覧したくとも廃棄されてしまっているケースが大半です。前回のブログで、スウェーデンの家庭医(Home Doctor)について書きましたが、専門の家庭医を持たないわが国では、こうした過去の記録は自分で控えなどに残さない限り確認することは困難です。

 今回、VRSが導入されましたが、この仕組みをコロナワクチン接種のみに限定することなく、様々な接種記録をPersonal Health Record(PHR)として広く活用していくことを強く進めて欲しいと思います。
 また、今時点ではVRSはマイナンバーなど個人を特定するIDとは連携されていませんが、今後はぜひこうしたIDとの連携を進めるべきだと思います。今回のような、接種券を前提としたコロナワクチン接種では18桁の接種券番号がキー情報となりますが、このシステムを今後より汎用的に活用するには、個人ID(マイナンバーもしくは医療等分野における識別⼦)を活用して個人を特定することで、PHRデータとして確実な記録を残すことができます。

 医療分野での個人IDの導入をめぐっては、プライバシー保護の観点から様々な懸念や反対意見も出されていますが、「医療の主役はあくまで患者にある」という認識に立てば、本人の同意に基づいた管理の仕組みは構築されて然るべきではないでしょうか。かなり以前に、デンマークのプライバシー情報を統括するDPA(Data Protection Agency)という組織を訪れ、わが国の医療におけるプライバシーについて説明したところ、「日本では自分の健康や命よりもプライバシーを守る方が重要と考える人が多いのか?」と驚かれたことがあります。国内で当然という顔で交わされる議論も、角度を変えてみればとんでもない暴言に聞こえることは多いようです。

(2)オンライン診察の拡充

 コロナ感染防止の観点から、オンライン診療を条件付き緩和したことは、今後の医療の効率化にとって極めて大きな前進だと感じています。

 オンライン診療については、2018年3月に厚生労働省が『オンライン診療療の適切な実施に関する指針』を公表しています。それは、対面による医師の診察を受けたうえで、医師がオンライン診療計画を作成した定期的受診患者に限って処方箋を患者宅に郵送し、患者は処方薬を受け取る際に薬局で対面による服薬指導を受けるといった内容でした。
 その後、2020年2月に指針が一部変更され、新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえた措置として、慢性疾患等を有する定期受診患者等を対象に指針の一部変更がなされました。すなわち、かかりつけ医の判断で、電話等により診療し、処方箋はファクシミリなどで薬局に直接送付し、薬局では処方箋情報に基づいて調剤し、電話などでの服薬指導が認められました。
 さらに、2021年6月には、新型コロナウイルスに感染し自宅などで療養している患者について、オンライン診療での抗がん剤などの処方を初診から条件付きで認める決定を厚生労働省が行ったと報じられました。

 このようにオンライン診療は条件付きで緩和の方向に向かっているようですが、今回の一連の動きが、将来の遠隔医療にもつながるような気がしています。オンライン診療における診療報酬上の評価が初めて採用されたことが第一の理由です。とりわけ、時限的な特例措置であると前置きはされてはいますが、「電話等を用いた初診料」が厚生労働省によって示されたことは大きな意味があると感じています。ちなみに「電話等」という用語は、「電話もしくは情報通信機器を用いる診療」という意味で用いられています。医療現場の実態を考えると、医師がすべての患者と個別に電話でやり取りすることは労力の面からも現実的とは言えず、必然的に情報機器に頼らざるを得ないと思います。現に、オンライン診療が可能なことを標榜するクリニックも出つつあることを考えれば、今後こうした診療形態が定着するのではないだろうかと予想されます。

 今後、医師が情報機器を用いた診療が定着していけば、患者との間だけでなく薬局との処方箋を介した情報連携も広がっていきます。以前、ソウル市のアサン病院を訪問した際に、会計ブースに置かれているキオスク型の会計機の機能を説明され瞠目した経験があります。この会計機ではわが国と同じように会計を済ませると処方箋も発行されますが、患者が処方薬を受け取る薬局を指定すると、その薬局に自動的に電子処方箋が送付されるという機能も持っています。つまり、患者は紙の処方箋を持参して薬局に出向くのではなく、そのまま薬局に行けばすでに処方薬が用意されているという仕組みです。患者にとっては、IDを示すだけで処方薬を受け取ることができ、薬局での待ち時間が大幅に削減されることになります。 また、欧州では電子処方箋によりシェンゲン条約2に加盟している国であれば、自らのIDを示すことで訪問先の他国であっても処方薬を受け取ることができ、常備薬を必要とする患者にとっての大きな福音になります。

(3)遠隔医療への途を開く

 また、オンライン診療は将来の遠隔診断の拡充にもつながるとの期待を抱いています。前掲の『オンライン診療の適切な実施に関する指針』では、オンライン診療が医師と患者間で情報通信機器を介し患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為をリアルタイムにより行う行為であり、遠隔医療は情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為であると区分されています。言い換えれば、遠隔医療は通信技術を利用したより広い医療行為全般のことを指すと言って良いと思います。
 大都市への人口集中による都市と地方での医療格差、離島や山間部での無医村問題、高度な専門医師や診断技師の偏在など様々な課題を抱えているわが国の医療現場において、遠隔医療の普及は大きな効果が期待できると思います。

 5G通信のエリアが拡大することで、ネットワークの速度もキャパシティも飛躍的に向上することになります。聴診音をリアルタイムで採取できれば診察の精度が飛躍的に増しますし、将来は手術など高度な治療すらも可能になるのではないでしょうか。こうした医療手段の多様化は、医療格差の是正に留まらず医療技術の向上にも大きく貢献すると思います。
 また、医師や病院スタッフの効率的な運用が可能になることで、医療にかかるコストの削減にもつながるのではないだろうかと期待しています。コロナ禍により時限的にオンライン診療の適用分野が拡大されましたが、これをコロナ対策だけで終わらせることなく、次の医療体制に向けた第一歩として位置づけることが大切ではないかと考えます。

(4)平時からデジタルを生活の場に取り込んでおく必要性

最後に、デジタルを利用する側について指摘させていただきます。

 今回のコロナ禍で、デジタルの価値を再認識された方も多いと思います。卑近な例では、ワクチン接種予約を行う際に、一向につながらない電話に多くのストレスを感じられた方も多いと思います。当然ながら、電話のような1対1のコミュニケーション手段では、相手の都合に左右されてしまいます。不特定多数を同時につなげられる1対nのコミュニケーションが可能なデジタル環境では、こうしたストレスは半減されます。もちろん受け手側のネットワークやサーバの容量などによってはビジー状態になることもありますが、電話と比べれば飛躍的につながりやすくなります。
 しかしながら、肝心のデジタルに日頃から親しんでいない方にとっては技術的な障害もかなり大きいのが現実です。一回目のワクチン接種を終え二回目の予約は15分間の待機時間に早々に済ませた私自身も、一緒に待機している方のなかにはネット予約方法で戸惑う方も多くおられ、結果的に数人の予約を代行しました。日頃からネット環境に親しんでいれば苦も無く対応できますが、とりわけ高齢者にはそうした方は少ないようです。

 スウェーデンは、2000年に『全ての国民のための情報社会(An Information Society for All)』という政策を策定し、政府挙げて強力にデジタル活用を推進しました。先日、スウェーデン在住の方とSkypeでお話しする機会がありましたが、「いまどきデジタルを使えない国民はほぼいない」と言っておられました。また、デンマークのデジタル庁を訪れた際に「どんなに難しい操作であっても日常使っていれば容易に利用できる。反対にどんなにやさしい操作でも使う頻度が少なければストレスを感じてしまう」と言われたことがあります。北欧諸国のような人口密度が少ない国では、デジタルを含めた通信手段は生活を送るうえでの命綱と言ってもいいでしょう。

 これは、人口密度の多いわが国でデジタルの普及が遅れた理由の一つなのかもしれませんが、反面、隔絶した生活環境に置かれた世帯も多いのが現実です。とりわけ、コロナ禍で近隣住民との交流機会も減少し、交通手段に乏しく買い物ですら不便を感じている高齢者世帯も多く存在しています。デジタルは、このような生活弱者にとってこそ、より価値の高いコミュニケーション手段であると考えています。私は、地域のご高齢者に定期的にスマホなどのデジタル機器の利用方法の勉強会を行っていますが、LINEやZoomなどで子供や孫と顔を見ながら話ができたと喜ばれた方もおられました。

 コロナという有事でいきなりデジタル手段を活用することは、ユーザインタフェースをいかに容易に設計したとしても極めて困難です。日常生活のなかでデジタル技術を使う頻度を増やす努力こそが有事において重要だと、今回のコロナ・パンデミックは教えてくれた気がしています。政府はデジタル庁を立ち上げることで、わが国を世界に冠たるデジタル大国に押し上げようとしていますが、それには老若男女問わずあらゆる世代がデジタルに親しむための戦略策定が最も重要ではないだろうかと思います。 昨年の10月に、デジタル社会のグランドデザイン検討部会の有志メンバーによる座談会を行いましたが、そこで「政府のシステム設計の考え⽅は、システムの機能ばかりにとらわれていて、システムの運⽤について考えていないことが指摘できます。いくら機能があっても⼈による運⽤が回らないとシステムは動かない」といった指摘がありました。一例としてコロナ情報を収集するHER-SYS3についての言及もあり、あらゆる情報を収集しようとする余り医療機関の入力負担が過大になって結果的に生かせなかったといった指摘もありました。現場での運用など様々な想像力をもった目配りをした設計を行うことが重要だということの典型的な事例だと思います。これまで構築されてきた行政オンラインシステムの大半に当てはまることではないでしょうか。
 システムを導入したことで現場の運用に負荷がかかれば、必然的にそのシステムは使わなくなります。日頃使わないことで、使いたくとも使えなくなってしまうといった負の連鎖を断ち切らない限り、スウェーデンのようなAn Information Society for Allなどは実現しようがありません。

 デジタル開発のあり方については次回以降のブログに譲りますが、今回のコロナ禍で得た様々な教訓を生かし、社会的課題を解決するための有効なツールとしてのデジタル技術の有効な活用環境の構築を願わずにはおれません。


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