コロナで思い知らされたわが国の医療

コロナで思い知らされたわが国の医療

日本の医療体制の脆弱性

 今回のコロナ禍で私も含めた多くに方は、わが国の医療体制の意外な脆弱さに驚きと同時に衝撃を受けたと思います。国民皆保険制度に支えられたわが国の医療は、世界のトップ水準にあると信じて疑わなかったことが、今回のコロナ禍で一気に幻想に思えてしまったからです。

 下のグラフは、日本医師会総合研究機構が2019年9月に公表した『医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019』から、主要国病床数内訳をピックアップしたものです。

 日本の病床数が、先進諸国のなかで圧倒的に充実していることが一目でわかります。人口千人当たりの病床数でも日本の病床数は13.1床と、下のグラフのように他国を圧倒しています。

 先日「さざ波」発言で顰蹙を買って総理顧問を引かれた教授がおりましたが、政府要人としてだけでなく社会人としてTPOを欠いたこの人物の発言は批判されて当然ですが、他国の感染者数と比べると確かに少ないことは明らかです。それにもかかわらず日本の医療があっという間に崩壊の淵に立たされることになった原因は、明確にしておく必要があると思います。
 こうした疑問に対して、日医総研では次のような説明をしています。

  • 精神科病床や長期ケア病床は、諸外国は精神科施設や長期ケア施設を「施設」に分類しており、「医療機関」とはしていない
  • 諸外国では急性期病床とリハビリテーション病床を別に推計していることが多いが、日本はこれら二つを同一として報告している
  • 長期居住施設が諸外国では日本の2倍ほどあり、日本では病床が施設の代わりをしている

 また、同レポートには「有床診療所の形態があること」という指摘もされていました。有床診療所とは1床から19床までの小規模医療施設を指し、20床以上の病院とは区分されています。言い換えれば、20床以上を病院と言い、それ未満を診療所とカテゴライズしています。さて、厚生労働省による医療施設動態調査(2020年11月末)によれば「一般診療所」として分類されている病床数(=有床診療所)がこれに相当すると考えられますが、この病床数は全体の5.4%に過ぎません。

※前出のOECD調査結果との数値のずれは調査年の違いによるものです

 要するに、各国の歴史的経緯や制度の違いがあるためOECDデータとは集計上の誤差が生じていることと、長期居住施設が病床数にカウントされているなどが原因していると説明してします。しかしながら、こうした説明だけでは、コロナによって日本の医療が崩壊の淵に立たされたという疑問を解消することはできません。むしろ、よりOECD統計には反映されていない根源的な問題があるように感じてしまうのです。

 日医総研のレポートでは触れられていませんが、わが国の医療施設では医療法人が圧倒的な数を占めています。厚生労働省の医療施設動態調査では、8,237施設中5,686施設(69.0%)、1,510,227床中842,804床(55.8%)とされています。医療法人には規模の小さい民間病院も多く、医師や看護体制が十分でないなどの理由から患者の受け入れが困難な病院が多いことなどが指摘されています。実際にコロナ患者を受け入れた民間病院はおよそ2割程度と言われています。

 以上、コロナ禍をきっかけに改めて感じさせられたわが国の医療体制について、日医総研のレポートで指摘されたことや、海外との比較なども含めて考察したいと思います。

病院と診療所との違いは?

 わが国の医療の特徴は国民皆保険制度に加え、患者が受診先を自由に選べるフリーアクセス制にあります。受診先を自由に選べることは、患者にとって大きなメリットをもたらすとも考えられますが、一方で急性期の治療環境を持つ病院への患者の集中などといった問題も抱えていると考えています。

 下の図は、厚生労働省が2017年に公表した「平成29年患者調査の概況」をグラフ化したものです。

 円グラフでは一般診療所の割合が病院に比べて高い傾向が見られますが、年代別の傾向を見ると幼児期と高齢期の患者の一般診療所に通う傾向が顕著にみられることから、既往症治療薬の入手等で定期的に通うケースが多分に反映されていると推察できるようです。いずれにしても、体調に異変を感じたものの原因が判別できないなどの際には、総合診療が可能な病院を選択するケースが多いのではないでしょうか。
 病院に患者が殺到することで、外来時の待ち時間が伸びるだけでなく、受け入れ側の医師の負担も増し「待ち時間3時間、診察3分」といった事態も当たり前のように生じることになります。 以前出版した『医療とマイナンバー』1でも紹介しましたが、スウェーデンを始めとする海外の多くの国の医療体制は、初期診察を目的とするプライマリーケアと、治療を目的とするセカンダリーケアに分化しています。プライマリーケアは診療所が担当し、病院での治療が必要と判断された患者が病院でセカンダリーケアを受けるという仕組みになっています。そのため、一般診療所の医師は総合診断医としての役割を担い、医学界における地位も極めて高いとされています。

 一般診療所の多くは“家庭医(Home Doctor)”とされており、家族の多くは特定の家庭医を持っています。すなわち、家族の病歴や投薬歴など、健康にかかわる多くの情報をもち、異変が生じた際には迅速に適切な判断が下せるという仕組みになっています。その点が、わが国の“かかりつけ医”とは大きく異なる点でもあります。

 プライマリーケアを担う医師の地位が高いと述べましたが、これは病院の医師と家庭医の間に強い信頼関係が確立されているということでもあります。セカンダリーケアを担う病院に患者が運び込まれた際には、病院の医師は家庭医の初診を重視し、重複するような検査などは一切行わないようです。同様の考え方を持つフィンランドでは、例えば心臓カテーテル治療を施す患者には申し送られたカルテ情報から病状を特定すると、流れ作業のようにカテーテル治療を次々に行っていると聞きました。その結果、わが国とは比較にならないほど多くの治療実績が蓄積されているようです。

 プライマリーケアを充実させることは、患者にも極めて多くの恩恵をもたらしています。適切な治療が迅速に受けられることは当然ですが、病名が判然としない場合でも家庭医によって最適な診断が下されることが何よりも大きいと思います。頭が痛いという場合でも、その原因は多岐にわたります。内科に行くべきか脳神経外科に行くべきか自身で判断がつかないケースはよくあることです。一般診療所の医師も、内科・消化器内科・外科など様々な看板を掲げているため来院先が特定できず、思い余って様々な診療科のある病院に行くといったケースも多いのではないでしょうか。その挙句、様々な診療科をたらい回しされ、様々な検査を受けさせられるといった事態もよく経験させられることです。スウェーデンを始めとする北欧諸国などのように、専門の総合診断医が身近にいれば、こうした事態の多くは防ぐことができ、結果的に病状が進行する前の早期治療も可能となり、手遅れになるリスクも軽減されると思うのです。

病院と介護機能の混在

 わが国の医療を考える際にもう一つの課題と思われるのは、医療と介護の役割分担が極めて不明確なことです。これは、前出の日医総研のレポートでも「日本の病床は世界的にやや多いものの、高齢者が長期に生活する施設が少なく、病床が施設の代わりをしている」と指摘しています。

 かつて、“ぐるぐる病院”という実態がクローズアップされたことがあります。つまり、入院期間が長くなるほど報酬が下がる診療報酬制度では長期間療養型病床を占有されると経営上困難をきたすため、病院間で短期的に患者をたらい回しするといった状況が問題視されました。この背景には、一般病棟の入院料は転院すれば入院日数がリセットされてゼロに戻るため、再び加算のある状態からスタートさせるには、患者を短期で転院させた方が病院にとって高い収入が確保できるという出来高払いの診療報酬制度があるとも指摘されました。診療報酬制度などを含む医療費制度の課題については、別のタイミングで書くことにしますが、長期滞在型の療養型施設が少ないことにより病院に皺寄せが生じていることは、わが国の医療において大きな問題であると言えます。

 2018年4月の第7期介護保険事業計画において、新たに介護医療院が法制化されたことで、従来の介護療養病床は廃止され、2024年3月までに要介護者の介護医療院への転院が行われることになっています。介護医療院は2020年6月末で515施設(32,634病床)になると言われており、介護医療院が未整備の自治体はなくなったようです。
 ただ、介護医療院への転換元の施設内訳をみると、従来の介護療養病床からの転換が最も多く、病床数から見ると従来の長期療養病床が圧倒的な割合になっている反面、新たに開設された施設はあまりに少ないようです。

 さて、介護医療院にける報酬基準については、社会保障審議会 医療給付費分科会で検討されていますが、介護報酬は従来の医療保険の療養病床から介護保険に移行されるようで、施設の適正な運用の観点からすれば自治体の財政負担への懸念も感じてしまいます。この辺りについては、今後の熟議が期待されます。

 では、諸外国での介護体制はどうなっているかについて参考までにスウェーデンの事例をご紹介します。

 かつてのスウェーデンも、高齢者を中心とする長期入院患者が急性期病床の15 %を占めた時代があり、その結果病院の財政を圧迫したばかりか、スウェーデン医療全体の質の低下も招き高齢者のQOL(Quality of Life)にも悪影響を及ぼしていました。
 こうした事態を抜本的に改善するために、1992年に『エーデル改革』と呼ばれる大改革が行われました。エーデル改革は、県(ランスティング)が担当する在宅医療を含めた初期医療介護と、市町村(コミューン)が担当する施設や在宅での社会的介護の間の境界線を明確にしようとするものです。一連の改革は、次のポイントで行われました。

  • それまで医療に属していた約540の長期療養病院や地域療養ホームなど約3 万1,000 床をナーシングホームという形でコミューンに移管
  • ナーシングホームの移管に伴い、そのサービスに従事していた医師を除く看護師などの医療関係職種や関係するランスティングの職員をコミューン職員に身分を移管
  • ナーシングホームを、医療施設から社会サービス法上の「特別介護住居」に変更し、これら3つの施設系サービスを「住居系サービス」に変更
  • 「特別な住居」における医療の提供をコミューンの責任とした

 こうした改革により、ナーシングホームを含む「特別な住居」における高齢者向けの医療・介護のサービス内容や利用者負担の仕組みなどをコミューン単位で一元化し、のが運営していたデイケアの運営もコミューンに移管されています。さらに、医学的に病院が治療行為は終了したと判断された高齢者に対して、コミューン側が適切なサービスを用意できないために病院にとどまらざるを得ない場合、その分の費用(入院費)はランスティングに対して応分の費用を支払わなければならないように徹底したことで、医療と介護の境界線を明確に分離しています。

 スウェーデンは、医療費はランスティングの財政によって賄い、介護費はコミューンの財政によって賄うという原則があることから、エーデル改革はランスティングとコミューン間の取り決めによって成立できたという、わが国とは根本的に異なる背景はあったと思います。

 エーデル改革後の介護体制は、次図のようになっています。

 エーデル改革の政策効果については、1996年に保険福祉庁(Socialstyrelsen)が詳細な調査・分析を行い、その結果について公開しています。ちなみに、スウェーデンに限らず通常の民主主義国では、税金の使途が関係する政策を行った際には必ず政策評価を行い、その結果を公開することになっています。

①効果

  • 病院における入院医療の劇的な構造変革と、これによる急性期病床や老年科病床における社会的入院患者の大幅な減少が見られた。また、退院までの待機期間が短縮されるとともに、急性期病床における平均在院日数が短縮された。
  • 受け皿となるコミューンにおける高齢者向け住居が整備されたことが、こうした進展を可能とした基盤である。特別介護住居におけるすべての責任がコミューンに移管され総合的な計画ができるようになったため、円滑な退院と地域への移行が可能となった。並行して、特別介護住居における居住環境の向上も図られた。
  • コミューンによる医療サービス面では、各コミューンに医療責任看護師を置くことが義務づけられることで看護師数が充実した。ナーシングホームが急性期病床における社会的入院患者の主な受け皿となった。
  • こうしたプロセスにより、1992 年から94 年の2 年間で、急性期病床において17 %のベッド削減、老年科病床において30 %のベッド削減がもたらされた。

②課題・問題点

  • 急性期医療における平均在院日数の短縮化の結果、終末期の患者に対する高度な医療的ケアがナーシングホームで行われるようになるなど、ナーシングホームにおける負担が重くなった。また、特別介護住居への入所者の要介護状態は重くなる傾向にある。
  • 他方で、1990 年代末から特別介護住居における定員数が削減されてきている。この結果、在宅での訪問看護など訪問サービスの重要性が増してきている。また、在宅の高齢者に対するホームヘルプサービスが、よりケアニーズの高い高齢者を支えるために使われるようになってきている。その結果、ニーズが相対的に低い在宅の高齢者は、家族によるケアなどの方法に頼るようになってきている。
  • 在宅の高齢者に対する訪問看護に関しては、ランスティングとコミューンという2つの行政機関に責任が分立している結果、サービスの継続性・連携が上手く図られていないという結果を生じている。特に、適切なリハビリテーションの提供が不足している。

 こうした報告を受け、2006年5月に政府は「高齢者医療・高齢者ケア10か年国家戦略」を策定しています。この戦略には、コミューンにおける終末ケアを支えるとともに、「特別介護住宅」や在宅介護をはじめとする介護環境の整備、ボランティア等による社会的ケアや予防ケアの充実などが含まれており、10年間で100億クローナ(1,400億円強)以上の国費が投入されています。こうした施策により、Open Careと呼ばれるデジタル技術を活用した特別介護住宅など在宅介護者への訪問ケアの充実をはじめ、医療・介護双方におけるQOL(Quality of Life)の向上に大きく貢献しています。なかでも、高齢者が最後まで自立し、充実した生活を送れるための様々な施策からは、多くの示唆を得ることができます。Open Careによる介護サービスについては、以前の私のブログをご参照ください。

医療機関へのガバナンス体制

 先に、わが国の医療体制は医療法人など民間病院が占める割合が圧倒的に大きいと述べました。これが、セカンダリーケアを担う病院の大半がランスティング(県)によって運営されているスウェーデンなどと大きく異なる点です。もちろん、民間病院が主体の国は多く存在し、むしろ医療費などの大半を税金で賄うスウェーデンのような仕組みは珍しいと言っていいでしょう。

 ランスティングによって運営されているスウェーデンの病院ですが、医療の質(パフォーマンス)に対する評価は社会保険庁によって厳格に行われています。およそ200項目に及ぶ医事行為の評価項目が定められており、それぞれの病院ごとにそれらの実績が集計され、年次報告書として公開されています。維持行為の評価項目には、例えば“心筋梗塞での28日間の致死率“や、”悪性腫瘍などで手術した後に再手術をした割合“、”症例ごとの投薬実績“などについての詳細なデータが記録されます。私は2012年版のレポート2を入手しましたが、350ページにわたって詳細なデータがぎっしりと書かれていました。
 このレポートはかなり専門的な内容ですが、症例ごとに医療パフォーマンスがグラフで表現されているため、素人でも比較的読みやすい内容になっています。

 このような病院の医療パフォーマンス評価の仕組みは韓国でも行われています。
 下の図は、数年前に友人から頂いた『病院情報紹介』というスマホ画面です。周辺の病院や診療科目別などの検索項目に加え“病院別評価”というメニューが用意されています。病院別評価を選択し評価したい病名を選択すると、下の図のように胃癌手術における病院別評価が5段階のアンテナ表示で示されるという仕組みです。( )内は、検索を行った場所から病院への距離が表示されています(検索を日本から行ったため、ここでの距離表示は900㎞以上になっていますが)。こうした情報サービスを使うことで、患者などは症状にあった病院を評価することができることになります。

 さて、こうしたサービスの基となるデータは、“健康保険総合評価院”という機関が担っています。わが国の“社会保険診療報酬支払基金”と同じく、診療報酬請求(レセプト)データの審査を行う組織ですが、アドミニストレータとしての機能はわが国の支払基金に比べ格段の力を持っています。
 韓国のレセプト情報の流れは、下の図のようになっています。

 病院や診療所から送られたレセプト情報は、赤枠で示した健康保険総合評価院に送られます。レセプトデータは全て国が定めた統一フォーマットによる電子データでのみ受け付けます。そのため、評価院での再入力などの作業は一切ありません。評価院では、当然ながら請求内容の妥当性確認を行いますが、レセプト情報に過誤の含めた不正記載が認められた病院には警告が発せられ、それが度重なるとインターネットで公表されるだけでなく、今後の診療報酬の支払いにも大きく影響が生じるなどのペナルティも課せられることになります。

 わが国では、2003年より急性期入院医療を診断群分類によって評価する仕組みとしてDPC(Diagnosis Procedure Combination)データの活用が国立病院機構を中心に進められています。
 レセプト情報と異なる点は、傷病名の特定につながる序列情報や、入退院経路、臨床スコアなど自患者につながるデータが加えられている点だと聞いています。例えば、レセプト情報のみで入院患者の病症名を判断すると、不眠や便秘などの症状が多くみられるようです。これは入院によるストレスに起因すると推測はできますが、データ上では真の病症名にはつながらないということになります。
 DCPはこうした問題点はクリアされる一方で、レセプトのような義務化はされていないため対象病院数は増加傾向にあるものの現時点では限られているのが現状です。

 DPCデータは統一性が高く極めて詳細で緻密なデータである反面、一医療機関内でしか患者情報が把握できないなどの問題点もあるようですが、DPCデータをもとに診療プロセスが分析ができるなどの効果や、医療ビッグデータを整備するうえでフォーマットの統一化は欠かせない要件のため、今後の改善を含めた普及に期待したいところです。同時に、データから得られた医療機関に対する評価レポートなどを何らかの形で公開してほしいと思うのです。

デジタルを活用した最適な医療パフォーマンスの構築

 さて、今回のコロナ禍によって多くの課題や問題点が顕在化したわが国の医療体制ですが、その根本には今日の診療報酬制度が抱える問題点にあるように感じています。従来の診療報酬制度は、医療サービス単位ごとに点数が定められている“出来高払い”に委ねられていました。つまり、一定の医療サービスに応じて、定められた点数が診療報酬として算入されるといった仕組みです。

 先に例を挙げた“ぐるぐる病院”の事例では、ある入院患者の診療報酬が月額35万円から80万円に一気に倍以上に跳ね上がったとの日経新聞記事がありました。つまり、別の病院に転院したことで、レントゲン撮影のほかMRIやCT検査を行ったためのようです。その際に、何の自覚症状もなく医師からの説明も受けないまま、いつの間にか前月の療養病棟への入院時に7つだった病名は、20に膨れ上がっていたとも書かれていました。おそらくこうした事例は極端なケースだと思いますが、医療サービス行為の多寡による出来高払いの診療報酬では、これに近い問題は今後も生じるように思えるのです。言い換えれば、医療パフォーマンスを向上させるという観点に立てば、出来高払いによる診療報酬制度には大きな課題があるように感じます。

 一方で、北欧諸国などで見られる仕組みとして、医療パワーに比例した“人頭払い”があります。つまり、医療機関が抱える患者数をあらかじめ人口などから予測して、それを医療機関に報酬として配分するといった仕組みです。つまり、傷病の発生率が低いほど(=医療行為自体が減少する)収益性が高まるといった効果も期待できます。
 先に引用したフィンランドの事例でも、心臓カテーテル治療を施す際に患者の検査を行った他の病院から送られたカルテ情報に基づいて流れ作業のようにカテーテル治療を行う医療システムなどは、効率的な医療を実現することで、より少ないコストで効果的な治療を迅速に行うといった狙いがあると考えられます。人頭払いが医療本来の目的である市民の健康増進という目的に合致した考え方に基づいているという評価がある反面、一方で収入が最初から決められているため医療コストの削減に目が行ってしまい過小診療につながるといった懸念も指摘されています。

 米国では、1983年以降“診断群別包括支払い方式(DRG/PPS=Diagnosis Related Groups/Prospective Payment System)”という仕組みが導入されています。これは、病症を診断群別に分類(DRG)し、診断群別に一定額の診療報酬を支払う(PPS)といった方式です。こうした方式により、疾患に適した医療資源の管理が可能になり、医療パフォーマンスを適正に管理することができると言われています。

 前項で取り上げたわが国のDPC(Diagnosis Procedure Combination)もDRGと同様、診断群による包括評価という考え方が取り入れられています。もっとも、すべての診療報酬を包括払い方式にするのではなく、出来高払いとの併用が採用されています。その理由として、多種多様にわたる医療技術を患者個々人の病状に合わせて施す必要があることから、包括分類して標準化することが困難なことがあげられています。すなわち、医療にかかわる基本的なコストはホスピタルフィーとして包括払いとして、個々の治療にかかるコストはドクターフィーとして出来高払いとするといった方式です。

 このように、診療報酬の仕組みには様々な考え方や方式がありますが、患者や家族、そしいて社会にとって何よりも重要なことは、最善の医療が適切な資源管理のもとでなされているかという点です。そのためには、先にスウェーデンや韓国の事例で紹介したような病院に対するチェック機能の強化も重要ですし、医療データを医療機関同士で連携させることで重複検査や過剰診療などといった行為を減らす努力は欠かせないと思います。

 韓国では、退院時などに要求すればカルテ情報をビューアー付きのデータとして患者に渡すことが義務付けられています。転院時などには、そのデータを渡せば治療経過を確実に新たな病院に伝えることができます。
 また台湾などでは、医師にかかる際にマイナンバーカードをリーダーに差し込むことで、これまでの治療履歴や投薬履歴などの情報が医師のディスプレイに表示されるといった仕組みが整備されています。
 ドイツでは、カルテを医師間で相互チェックする仕組みが確立されており、好ましくない診断や治療を行った医師にはペナルティが課せられると聞いています。

 こうした医療情報の連携にかかわる論議には、必ずと言っていいほどプライバシー面を懸念する意見が出されます。厚生労働省の『医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会』でも同様のやり取りがあったように聞いていますが、その報告書は以下のような記述に留まり、明確な結論を出すに至りませんでした。すなわち、「医師が患者の診療情報をいつでも全部見ることができるのは、診療情報には機微な情報も含まれるので、国民感覚からはなじまない場合がある。(中略)患者に必要な医療・介護サービスを提供するための情報について、医療・介護従事者間で共有する場合の同意のあり方など、医療等分野の個人情報の特性に配慮した本人同意やプライバシールールのあり方について検討する必要がある」と述べられるにとどまっています。

 コロナという未曽有の危機を経験し、それに対する医療体制の意外な弱さを見せつけられた今こそ、医療のあり方を社会的存在である我々自身に課せられた権利と義務の観点から抜本的に見直すべき時期ではないかと思うのです。

 今回のコロナ禍で来院患者が大きく落ち込んだことで、赤字に陥った病院も多いと聞きます。また、風評被害を恐れてコロナの軽症患者の受け入れを拒む病院も多かったようです。これらの病院が最も苦悩した要因は、医療サービスを行う機会が大きく減少したことです。非営利組織である医療法人を維持することは社会的に重大な責任が伴います。そのため、政府はコロナ対策として様々な名目で給付金を病院に支給を行っています。しかし、こうした対策も一時しのぎの対症療法のような気がしてなりません。やはり、現行の診療報酬をより効果に即した仕組みに改めるとともに、医療データを有効に活用できるデジタル基盤の整備を早急に進めていく必要があるように思います。


社会・経済ランキング

  1. 医療とマイナンバー:榎並利博氏、金子麻衣氏、中野直樹氏との共同著作(2016年5月 日本法令)
  2. Quality and Efficiency in Swedish Health Care 2012 (Swedish Association of Local Authorities and Regions & Socialstyresen)
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