多様な働き方を支える制度改革

多様な働き方を支える制度改革

 現代を生きる我々は数多くのEvolution(進化)を目の当たりにし、それらを社会生活の中に受け入れてきました。なかでも、ここ数十年のデジタル技術の革新的ともいえる急激な進展は、我々の想像を超えており、社会の許容範囲を超えるほどの勢いがあります。
 5月5日付の『ニッポン病への処方箋』と題するブログで「本来は社会環境に対応して社会制度が構築され、制度を支える手段としてデジタル技術が位置付けられるべきであるところを、我が国では従来の社会制度上にデジタル技術を覆い被せる努力のみが続けられた結果である。すなわち、本来は社会制度を支えるための手段であるはずのデジタル化がいつの間にか目的化してしまい、無理やり先端的なデジタル技術の導入にばかり腐心してきた」と指摘した背景には、社会制度が技術の進展に追いつけていないという現実があると感じています。

 さて、前々回のブログで人生100年時代を見据え、新しい視点に基づく組織観・労働観を再構築していくことが求められるのではないだろうかと述べました。とは言っても、従来の価値観を変えたり再構築していくことは一朝一夕にできるものではありません。むしろ、小さな変化を積み重ねることで結果的に革新的な生活環境が出来上がることが自然であり、人々の理解も得られやすいと思います。歴史的に見てもRevolutionには様々な軋轢や葛藤が伴い、新旧陣営による内紛にまで発展することもありましたが、Evolutionにはそうしたアナフィラキシーショックのような激烈な副作用はあまり生じません。
 そこで、将来の組織観・労働観に向け、今でも対策が可能な4つの課題について、海外の事例も含めて考察したいと思います。

男女間の就業環境

 かなり古い記事で恐縮ですが、2014年6月の日経新聞に、「スウェーデン 就労と育児先進国」と題する記事があります。

 記事に示された数字を表にすると次のようになります。

 スウェーデンでは1971年の税制改正によって課税単位を世帯から個人単位に変えたこともあり、専業主婦の割合が大きく減少したようです。スウェーデンで職業を聞かれた際に『専業主婦』と答えると「仕事が見つからない人」と思われるといった話を聞いたこともあります。
 わが国でも、2016年の女性活躍推進法制定などもあり、女性の社会進出を後押しするための様々な施策が展開され、以下のグラフのように生産年齢人口に占める女性の割合1はかなり上昇傾向にあります。

 一方、賃金面では男女間の格差はかなり大きい2と言わざるを得ません。

 わが国で、待遇面における男女間の格差が生じている一因として、年金制度における第三号被保険者や税制面における配偶者控除などといった制度が大きく影響しているのではないかと推察しています。すなわち、第三号被保険者の要件を満たすには配偶者の年収は130万円未満(60歳以上もしくは障害厚生年金を受けられる程度の障害がある場合は180万円未満)といった上限が設けられており、配偶者控除を受けるにも配偶者の収入が103万円以下という上限が設けられており、(一般では配偶者と見做される)女性の賃金が低い要因の一つになっているのではないかと考えられます。

 スウェーデンは、1971年の税制改正によって課税単位を世帯から個人単位に切り替えたと先に述べましたが、これは個人課税をベースにしているわが国と同じ仕組みと言えます。それにもかかわらず女性の社会進出が遅れているのには、扶養者に対する様々な制度上の保障などに加え、労働に対する古くからの慣習や価値観などといった様々な要因が考えられます。そのため、一概に第三者非保険制度や扶養控除等の社会制度を廃止すれば、Revolutionさながらの軋轢や葛藤が生じ実現には至らないでしょう。『デジタル社会のグランドデザイン部会』の報告書「3-1所得格差および負担と給付の適正化」では、課税対象を世帯単位の収入として把握し、N分N乗方式3による世帯単位課税の採用することで、所得規模に沿った負担と給付の適正化を提言しました。N分N乗法式は、N分N乗方式による世帯単位課税は、すでにフランスで行われており、アメリカやドイツなどでも個人と世帯の選択肢によりN=2(夫婦)として実施されています。
 世帯所得を合算するうえでは、当然ながら世帯構成員の所得を確実に把握する必要がありますが、こうした所得把握の上でマイナンバー制度は実に強力なツールとして活用できるのではないでしょうか(所得の確実は捕捉の仕組みについては後述します)。

育児・保育環境

 さて、冒頭に引用した2014年6月付けの日経新聞記事に、もう一つ注目すべきことが書かれていました。それは、専業主婦の割合が2%と極めて少ないにもかかわらず、出生率が1.89と高水準を保っていることです。
 こうしたことを可能とした仕組みについて個別に紹介したいと思います。

<充実した育児手当>

 スウェーデンの児童手当は、16歳未満の全児童を対象に所得の多寡に関係なく支給され、以下のように子供の数が多い世帯ほど支給額が漸増される制度です。こうした制度の背景には、子育て世帯の負担軽減とともに、出産へのモチベーションを高める狙いがあると考えられます。

 支給期間は、子供が義務教育を終える16年間であり、高校に進学する場合は18歳まで延長支給されます。また、出産費用も全額国が負担するため、出産に伴う金銭的な負担も一切生じません。
 この制度のユニークなところは、育児手当は子供が生まれると自動的に親の口座に振り込まれる点です。育児手当給付に当たっての一切の手続きは必要ありません。
 その仕組みは、下の図のようになっています。

 子供が誕生すると、子供を取り上げた病院スタッフや助産婦が出産記録をつけますが、その記録は国民番号を付番管理する税金庁にも伝達されます。税金庁では、新生児に国民番号を付番し、両親に伝えるとともに育児手当を管轄する社会保険庁に当日の夜までにデータを転送します。出生児の国民番号を受け取った社会保険庁では育児給付処理を行い、あらかじめ登録された両親の公的口座(Easy Account)に振り込まれる仕組みです。なお、公的口座(Easy Account)とは、助成金などの交付や納税時の口座として使われる、事前に届け出された公金の決済口座で通常は、両親の取引のある銀行口座を公的口座として登録します。

 このように、親は一切の手続きを行うことなく、新生児のマイナンバーが管轄する機関と連携されることで、自動的に両親の口座に手当の支給がなされることになります。こうした仕組みを構築した理由について、以前訪問した社会保険庁の担当官は「出生率について我々(政府)が関与できる範囲は少ない。なぜなら、子供を産む判断は親が行うべきもので、政府が関与すべき事柄ではないからだ。我々にできることは、安心してストレスなく子供を産み育てる社会環境を作ることだ。育児手当の支給も、親に負担を与えずに必要な手当を可能とするために実施した施策の一つである」と説明していました。つまり、両親が一切負担することなく所定の育児手当が公的口座に振り込まれるため、申請を忘れるなどの不公平が生じることなく、所定の金額が自動的に振り込まれる仕組みにすることで、出産や育児への安心感を醸成させようという考え方です。

 こちろん、このような仕組みは国民番号(マイナンバー)を基盤とした行政間の情報連携によって支えられていることは言うまでもありません。

 <両親保険の導入>

 また、出産育児に欠かせない休業補償制度も充実しています。

 『両親保険』とよばれる制度は1974年に導入された育児休暇期間中の収入を補填する制度で、両親を対象とした休業保障制度という極めてユニークな制度です。両親を保険の対象にした理由は、世帯主も含めて育児休業の取得を奨励するためです。そのため、一方の親だけが育児休業を取得しても受給権利は失われ、あくまで両親が育児にあたることが制度の前提とされています。
 育児休暇期間中の収入を補填するために、育児休業のうち390日間の給与の80%は社会保障費から支給され、これは出産10日前から子供が8歳になるまで取得することができます。また、390日間の休業の内、父親・母親に限定される休業が60日間、両親のいずれかに譲り合える休業が135日間といった具合にきめ細かな運用が決められてます。また、育児休業期間は出勤時間の全日、3/4日、1/2日、1/4日と細かく取得することもできます。
 こうしたきめ細かな保険金の給付請求のために、番号制度を活用した極めてシンプルな仕組みが構築されています。

 つまり、両親が別の職場に勤務していても、それぞれの親が勤務先に休業申請をすれば、そのデータに基づいて社会保険庁に申請がなされ、社会保険庁で給与所得などの情報を確認したうえで然るべき保険金が両親の公的口座に振り込まれることになります。
 両親保険の財源は雇用者に義務付けられた両親保険のための積立金が原資になっており、 雇用主は給与額の2.60%を強制的に積み立てる義務を負っていますが、育児休業中の給与負担はその分減額されることから雇用者の負担も相殺されます(つまり雇用者にとっても保険の意味があります)。

 両親保険制度の狙いは、安心して出産ができる環境を維持することに加え、男性も含めた育児休業の取得を促すことにあります。こうした制度を導入したことで、男女が平等に働くという社会風土が形成されただけでなく、労務管理の細分化も可能になったと考えられます。すなわち、性別や地位にかかわらず誰もが一定期間休業する可能性があるため、誰もが業務を継承可能な仕事の配分を行わない限り組織は回りません。明確な業務分担や仕事の見える化など労働環境に果たした意味も極めて大きいと言えるでしょう。
 業務が細分化され見える化されていれば、仕事の成果把握もより確実になり、パフォーマンス測定もしやすくなります。以前のブログでテレワークが普及しない理由として、個人の裁量に委ねる部分の大きいテレワークで従来のような出退勤時間による管理方法は取りづらいがといった指摘がされていましたが、スウェーデンの仕事に対する向き合い方は、今後の働き方を考えるうえでのヒントにもなるように感じます。

 なお、こうした仕組みも国民番号(マイナンバー)あってこそ可能な仕組みと言えます。仮に国民番号による情報連携をせず個別に手続きを行うとしたら、大変煩雑な手続きが要求されることは言うまでもありません。

<保育環境の充実>

 スウェーデンには『子ども憲章』という次のようなコンセンサスがあります。

 こうした子ども憲章の精神から、両親が働くために12歳までの子供を無償で託児所に預ける権利が全ての国民に与えられており、コミューン(日本でいう基礎自治体)は子供を預かる義務を法律で負っています。そのため、待機児童などという事態は生じようがないと言われています。
 ちなみに、スウェーデンの行政構造は基礎自治体であるコミューンの力が最も強く、累進税率も以下のように社会保障の大部分を担うコミューンの地方税適用部分が極めて大きくなっています。

年末調整の簡便化

 2008年に年末調整業務にかかわる企業、行政双方の負荷について調査したことがあります。調査結果は三菱総研殿を通じて内閣官房「電子政府評価委員会」にも提出・公表されたため、ご覧になられた方もおられると思います。規模の異なる2つの自治体と5社の企業を対象に、年末調整事務の流れを詳細に分析したのですが、予想以上に負荷がかかっている実態を前に戸惑ったことを覚えています。その後、eLTAXへの参加自治体も増加したことなどもあり多少の改善は見られたと思いますが、それでもかなりの負荷が現在もかかっていると思われます。

 このように多大な労力を要する年末調整ですが、その対象はあくまで属している企業や組織から得られた所得に限定されています。また、控除範囲も被扶養者の異動、生命保険料控除、2年目以降の住宅ローン控除等が相当し、それ以外の医療費控除や複数事業者からの給与収入などが生じる場合は別途確定申告を行う必要があります。
 今後の労働環境においては、世帯主が一つの組織に属して所得を得るという形態はむしろレアケースになっていくと思われます。『夫婦共稼ぎ』という表現がすでに死語になっていることでも明らかです。また、アルバイトや兼業、さらにはフリーランサーといった組織に属さない手段で収入を得る人も増えてくると予想されます。こうした多様な就労形態が増加すると、従来の年末調整の意味は薄れてしまいます。むしろ、年末調整を行った後に確定申告を行うといったような煩雑な申告も生じ、年末調整の持つ意味自体が問われる可能性も十分あると感じています。事実、内閣府が行った『規制改革WG』でも同様の意見が出ています。

 さて、年末調整において最も先進的な事例は、韓国の電子税務申告≪HomeTAX≫でしょう。もちろん韓国とは税務制度そのものが異なるため、単純に比較することはできませんが、おおむね以下のような特徴があります。

  1. 韓国では年末調整の控除申告のためにNTS(国税庁)から簡易年末調整サービス(Simplified Year-end Tax Settlement Service)が従業員(納税義務者)へ電子的に(Web siteで)提供される
  2. 韓国の事業者(源泉徴収義務者)が行う年末調整の範囲は日本より広い
  3. 日本の年末調整で事業者の負荷の大きな部分を占める住民税(地方税)に関する処理は韓国では制度上不要である
  4. 韓国の年末調整処理の期間は日本より短く、従業員は早期に還付を受けることができる

 以上のように、事業者が行う年末調整は他事業者からの収入も含めるなど、その範囲は広いです。また、国税と地方税の関係はわが国と大きく異なっており、むしろ配分に対する権限は国税庁が握っています。
 こうした制度上の違いはかなり見受けられますが、徹底した電子化と情報の共有においてはかなり見習う点が多いと感じています。なによりも、実質3か月間で還付金給付まで受けられる仕組みは、前年の11月から当年5月までの6か月間にわたるわが国の年末調整業務とは比較にならないほど迅速な処理が実現できているということでしょう。

 また、住民税の現年課税なども納税者にとって実に有難い仕組みと思います。
 こうした税務申告における効率化は、国税庁が提供する≪HomeTAX≫がベースになっています。HomeTAXは、わが国のeTaxと同じ目的を持つサービスですが、大きく異なるのはあらかじめ課税庁が集めた税務申告に関連する情報を表示し、納税者はそれを確認・修正をすれば税務申告が完了する点にあります。これは「記入済申告制度」と呼んでおり、同様の仕組みは欧米でも多く用いられており、あらかじめ国税庁側で所得や控除項目などのデータを把握し、納税者にはその情報が正しいかをチェックし、必要に応じて項目の修正をしてもらうという仕組みです。事前に所得や控除額を把握していたとしても、最後に納税者のチェックを入れることから、あくまで申告納税制度です。わが国の税務申告制度は、真っ新の状態から個々の項目を記入しますが、結局のところ法定調書などから個人の所得や控除項目などは把握されます。その結果、万一誤った申告があれば、追徴課税を課せられることもあるわけです。記入済申告制度が整備された国の税務申告を見ると、わが国の申告制度は、納税者にテストを課して正しい答案を求めているようにも感じられてしまうのです。


 さて、新しい視点に基づく組織観・労働観を再構築していくうえで、実現可能ないくつかの政策や手段について海外での事例を見ながら考えてきました。冒頭に述べたように、社会や価値観を一気に変えるには、かなり巨大なパワーに加え大きな犠牲も覚悟しなければなりません。これまで幾多の社会変動を経験してきましたが、これらの多くは微細な一歩一歩の積み重ねによるものだと思います。デジタルという有力な手段を手にした現代人には、そうした手段を暮らしやすい社会に向けてより効果的に活用したEvolutionこそが求められているのではないでしょうか。


社会・経済ランキング
  1. 「2020年労働力調査」(総務省統計局)より
  2. 「令和元年賃金構造基本統計力調査」(厚生労働省)より
  3. 世帯合算所得を世帯員あるいは稼得者数(N)で割った値の税率で税額を求め、そのN倍を世帯の税額とする方式
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