持続可能な年金制度を考える

持続可能な年金制度を考える

年金改革の必要性

 前回のブログ『将来の組織・労働について考える』のなかで、定年後に就労時間の2.3倍もの老後時間が残されると書きましたが、今回はこれを支える年金制度について触れたいと思います。
 年金・医療・福祉などで構成される社会保障費の歳出が急増する中で、全体に占める年金の割合は2020年度予算ベースで45.5%とほぼ半分を占めており、将来の年金制度にあり方を不安視する意見も多方面から出ています。

 今から6年前の2015年に、年金を含めた社会保障制度改革をテーマにした近未来小説『未来への遺言』を書いた際に、あまりにユートピアに過ぎるなどという意見も多くいただきましたが、ある政府関係者から「これを実現しようとすれば、少なくとも内閣を2つ潰すほどの覚悟が必要だ」と言われ、事態の深刻さを改めて実感したことがあります(『未来への遺言』は後に『社会保障クライシス』と改題して幻冬舎から再出版しました)。
 小説を実際に執筆した2014年は、5年ごとに行われる公的年金の財政検証が公表された年です。この財政検証では、前提となる今後の経済生産性を8パターンに区分し、労働市場への参加が進まず生産性上昇が鈍化した場合では所得代替率が5割を切るという悲観的な予想を初めて公にして物議を醸しました。

※TFP:全要素生産性(Total Factor Productivity)

 「所得代替率」とは、年金受給年齢(65歳)の年金額が、現役世代のボーナスを含めた手取り収入額に対する割合で、例えば所得代替率50%は現役世代の手取り収入の50%を年金として受け取れるということです。この試算が物議を生じた理由は、2004年の年金改革で『100年あんしんプラン』が打ち出され、今後100年間は現役時代の手取り収入の50%は年金で保証するとの約束に対して、50%を割り込む可能性について初めて言及したからです。

 それからさらに5年後の2019年に行われた財政検証では、実質経済成長率をさらに引き下げ、次の6パターンを前提に所得代替率が計算されています。

 上図のように、6パターンのうち経済が成長するケース(ケースⅠ~Ⅲ)では、将来にわたって所得代替率 50%以上が確保できる見通しとする一方、労働市場への参加が一定程度進むケース(ケースⅣ、Ⅴ)や進まないケース(ケースⅥ)で、財政の均衡を図るために、給付水準の下限(所得代替率 50%)を超えて給付水準調整が必要であるとされています。
 とりわけ、マイナス成長のケースⅥでは、物価や賃金の伸び率が低いためマクロ経済スライドが十分に機能せず、2052(令和 34)年度に国民年金の積立金が枯渇し完全な賦課方式に移行せざるを得ないとも指摘され、賦課方式に移行した際には、保険料と国庫負担のみで賄うことのできる所得代替率は36~38%の給付水準になる見通しにあるというかなり衝撃的な予測もなされています。
 このような公的年金の実情を前にして、年金の抜本的改革が「ユートピア」であると言ってはおれない状況にあると思いますし、たとえ内閣が何度潰れても不退転の覚悟で断行せざるを得ない状況なのではないでしょうか。なぜなら、2004年の年金改革で掲げられた『100年あんしんプラン』は破綻の淵に立たされているのですから。

現状の公的年金制度が抱える問題点

 ご存じのとおり、日本の公的年金は国民年金と厚生年金の2階建て構造になっています。そのため、自営業者や学生など会社などの属さない非雇用者は国民年金保険者となり、これを第1号被保険者、会社員や公務員など厚生年金に属する保険者を第2号被保険者、厚生年金被保険者の配偶者で専業主婦(主夫)を第3号被保険者と呼んでいます。

 3階部分に相当する私的年金は、企業が任意に導入もしくは個人が任意に加入する私的年金で、公的年金の枠組みからは外れます。

 2種類の公的年金のうち最初に成立したのは厚生年金で、その起源は明治時代の退役軍人や傷痍軍人の保護を目的とした軍人への恩給にさかのぼります。その後、海上労働者を対象とした船員保険などが整備され、1941年に労働者年金保険法が成立し、これが今日の厚生年金制度につながったようです。
 一方の国民年金制度の成立は、戦後の国民皆年金体制の確立に伴って1960年に発足した制度です。国民年金法第1条には「国民年金制度は、日本国憲法第25条第2項1に規定する理念に基づき、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする」とされています。

 その後、1986年に公的年金の一元化が行われ、の基礎年金制度の創設や第3号被保険者の新設などが行われ、2004年の改正で先に触れた公的年金の財政検証の実施やマクロ経済スライド2の導入などが行われ今日に至っています。このマクロ経済スライドは負担と給付のバランスをとるための調整弁の役割を果たしますが、際限無く年金支給金額が下がらないように現役世代の所得代替率50%支給保証を国の義務とするということも決められました。財政検証で所得代替率50%が常に問題視されるのは、こうした背景があるからです。

 さて、このような経過をたどって今日に至った公的年金制度ですが、バブルの崩壊以降長く続いたデフレーションのなかにあっても、マクロ経済スライドは政治的思惑もあってか長期間一度も実施されませんでした。マクロ経済スライドの運用に着手したのは、特例水準の調整3を名目に2013年10月から3度にわたって行われた引き下げが最初でした。政治的危険を冒してまでもマクロ経済スライドを断行した背景には、経済の低成長によって年期積立金が枯渇するという危機感があることは言うまでもありません。人口の減少と高齢化が続くわが国の社会環境を考えると、年金の給付環境はますます厳しさを増し、子のままでは次の世代の所得代替率は限りなく下がっていくことが予想され、年金制度そのものへの期待も大きく減退するように感じます。

 年金制度が抱えるもう一つの問題点は、国民年金と厚生年金の負担と給付が額面上大きく乖離していることではないでしょうか。
 この両制度は、下の表のように負担と給付の仕組みが全く異なっています。

 その結果、給付額も国民年金が最大65,000円(平均では約56,000円)なのに対して、厚生年金では平均年収500万円で約151,000円、年収700万円では188,000円が支給されることになります。すなわち、今の年金制度では厚生年金に加入している会社に所属しない限り、公的年金だけで老後の生活を送ることは極めて難しいと言えるでしょう。
 ちなみに、生活保護受給世帯に支給される生活扶助費は、国がその時々の経済環境から算定する最低生活費を基準にします。夫婦2人世帯の場合、およそ月額156,000円程度です。仮にこの世帯は国民年金受給者であれば、夫婦2人への給付額は平均で112,000円となり、税金や社会保障費などの負担を除いても毎月44,000円の赤字となり、不足分は預貯金などを取り崩して補填するしかありません(所得税や社会保険料、固定資産税などを含めると赤字は5~6万円以上にもなるでしょう)。2019年に金融審議会が答申で『老後資金は2千万年不足する』と書いたことが大きく取り上げられ、政府が答申の受理を見送ったことがありました。しかし、冷静に考えれば2千万円の預貯金があったとしても、月々55,000円の赤字が出れば30年間で預貯金は枯渇することになります。もちろん、この30年間には病気や介護などの予期せぬ出費も生じることもあるでしょうから、かなり甘く見積もった結果と言えると思います。また、最低生活費はあくまで生きていくために必要なコストのことで、老後を楽しむために費やす費用などは含まれていません。

 また、厚生労働省年金局が2019年4月に金融庁に示した資料によれば、月額191,880円の社会保険給付を受けている高齢者世帯でも、月5.5万円程度の赤字が生じると指摘しています。

こうした点から、厚生年金に加入する組織に属し、相当額の給与所得を得ていない限り、安定した老後生活を送ることは難しいことになります。前回のブログで、今後は組織観や労働観を見直しフリーランサー的な生き方もあるのではと書きましたが、老後の年金生活を考えると組織に属さないことのリスクの方が大きいようにも思われます。言い換えれば、今後の人口減少と高齢化が加速する社会を乗り切り、様々な能力や経験を持つ人材を生かしたイノベーティブな社会を目指すには、組織に従属するだけの労働形態を考え直す必要があるのですが、それには現行の年金制度が足かせになりかねないという問題点が浮き彫りになるのです。

今後の年金制度のあり方に向けて

 では、今後の年金制度はどうあるべきなのでしょうか。

 7年前に書いた拙小説では、今の2階建ての年金制度を、所得再分配を前提とした基礎年金制度に一本化すべきと書きました。すなわち、所得に応じた一定割合を基礎年金の財源として徴収し、給付時には20歳から65歳までの生涯報酬の平均額を基準に一定の割合で再配分するという考え方です。同時に、老後破産などで生活保護世帯に陥る世帯の増加は、社会保障全体の費用膨張に大きく影響することから、最低給付額に所得が見合わない場合は、その差額を年金財源から補填し、その代わりに、高齢者世帯を生活保護制度の対象から外すといった施策についても触れています。
 小説という形式を取ったため現実的な提案としては受け止めていただけませんでしたが、人口減少などの要因で以前のような経済成長が見込めにくい状況で、今のままの年金制度を続ければ、所得代替率は確実に下がると想定され、その結果老後破産に陥る世帯も増大することになるでしょう。その結果生活保護世帯が急増すれば、社会保障財政への圧迫は火を見るより明らかです4

 近い将来に生じることが懸念される年金破綻という大問題を解決するには、現行の国民年金と厚生年金と2階建ての制度を統合し、徴収と給付双方において所得比例方式を導入する以外にはないのではと考えました。つまり、所得比理型年金に一本化し、所得税と同様一定の保険料率を所得額に応じて徴収し、保険料給付を所得額に見合った給付水準を設定するという制度への転換を提案しています。

 『デジタル社会のグランドデザイン部会』のメンバーと検討した際の年金一元化のイメージは以下のようなものです。

 このような制度に移行するには、世帯所得額の確実な把握方法の確立が前提になりますが、これこそマイナンバー制度を導入した意味が発揮できるのではないかと考えています。

 欧米では、納税申告の際にインボイス情報の添付を義務づける国が多いですが、これなどは所得を正確に捕捉するうえで有効な手段になると思います。また、先のブログでも指摘した電子マネーによるキャッシュレス決済の導入なども、カネの流れをみえるかするうえで役立つ仕組みだと思います。
 また、労働に対するモチベーションを向上するとともに、所得格差の是正を図る仕組みとして、所得再分配を目的とした『給付付き税額控除』の導入も考えられる有効な施策だと思います。こうした施策は、労働モチベーションを高めるだけでなく、出生率の向上にも活かせることが米英における税額控除で実証されています。
 英国の『Working Tax Credit(就労税額控除)』は、扶養児童を持つ両親や一人親が税額控除を受けるためには、最低で週16時間以上の就労をしなければならないとされております。さらにフルタイム就労への移行を促すために、両親のうちいずれか1人が最低週30時間就労するか、もしくは1人の就労時間が最低週16時間で2人の就労時間が合計で週30時間となる場合には、最大で790ポンド、日本円でおよそ12万円の控除額が追加されるといった制度です。
 米国の『Earned Income Tax Credit(勤労所得税額控除)』では、世帯所得額と養育する子供の数に応じてかなりダイナミックな税額控除が設定されています。こうした仕組みには、世帯所得の確実な把握に加え、世帯の環境値(就労時間や養育する子供の人数など)といった情報を有効に活用していく必要があります。

 年金の一本化が持続可能な年金制度に向けた唯一の処方箋と考えてはおりませんが、いずれにしても年金制度の抜本的な見直しは喫緊の課題です。人口の減少(=生産年齢人口の減少)による人口オーナス5が加速し、今後大きな経済成長を望むことはおそらく難しいでしょう。また、平均年齢の向上は続き高齢者人口が増大するとともに、長い老後時間を充実して送れることは、人の尊厳にとっても極めて重要なことです。政府は、年金受給年齢の引き上げやマクロ経済スライドの導入などを模索していますが、税制や労働施策などより広い観点から国民にとってのあるべき姿を総合的に模索していく必要があるのではと感じています。


社会・経済ランキング
  1. 『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』という国民の権利を規定した条文で、第2項はそのための国の責務が規定されている
  2. 年金被保険者の減少や平均寿命の延び、社会の経済状況などを考慮して、年金の給付金額をカットする制度
  3. 物価・賃金の下落に伴って本来下げられるはずだった年金額を据え置いた分の調整
  4. 生活保護世帯は最低生活費に相当する生活扶助費に加え、医療や住宅扶助なども支給されることから、世帯にかかる社会保障コストはかなり増大する
  5. 人口構成の変化が経済にとってマイナスに作用する状態
error

Enjoy this blog? Please spread the word :)