部会報告書『ニッポン病への処方箋』

 この報告書は、過去2年間にわたって行ってきた『デジタル社会のグランドデザイン部会』で議論してきた内容を取りまとめたものである。

 部会において、急激な人口減少に伴う高齢化と労働人口の減少、社会保障費の増大やインフラ老朽化などによる義務的コストの増大、国際産業競争力の低下など現代社会が直面する様々な問題について議論を重ねるなかで、デジタルを基軸としたダイナミックな社会変革を決定的に阻害している要因とは何か?という課題について考えてきた。デジタルを主軸とした社会変革デザインは以前から数多くの有用な提言がなされ、そのいくつかは政府の施策にも反映され実行されてもいるにも拘らず、これら施策が社会に浸透し利便性が享受できる社会に至っていない理由はどこにあるのだろう?こうした議論の末、『ニッポン病』がデジタル社会の進展を阻む最大の阻害要因になっているのではないかという仮説に辿り着いた。

 我々の考えるニッポン病について、今少し掘り下げて解説したい。

 社会環境、社会制度、デジタル技術の3つの要素のハイアラーキー構造を考えると、本来の姿は下図の左側<過去>と表記したような構造であるべきと考える。すなわち、社会環境の変化に対応してこその社会制度であり、社会制度を支える上で欠かせないのがデジタルをはじめとする技術であるという考え方である。言葉を換えれば、社会制度は社会環境に対応する上での手段であり、デジタル技術は社会制度にとっての実現手段であるということである。ところが、我が国がデジタル化に向けこれまで行ってきたことは、従来の社会制度上にデジタル技術を覆い被せる努力のみを続けてきたように思われる。また、社会制度は社会環境の変化に応じた柔軟的な改革が常に求められるが、今日の社会制度は必ずしも社会環境と密接な関係を維持できているとは言い難い。

 上図が示すように、過去は社会環境の変化という要因が社会制度に反映され、技術を活用することで制度をより堅固なものにしてきた。ところが、近年では技術の進展があまりに顕著なことも影響し、それを享受すべき社会環境が一種の『拒否反応』ともいえる状況に陥り、社会的課題を解決すべき社会制度も旧来のままの状態で踏襲された結果、本来連続性を持った補完関係にあるべき社会環境、社会制度、デジタル技術にギャップが生じ、非連続的な関係に陥っているように感じられる。

 旧来の社会制度を踏襲しつつ膨大な国家予算をつぎ込んで無理やり先端的なデジタル技術を導入しようとしても、それは借り物の技術でしかなく本来の効果など期待することはできない。デジタル化による効果を国民が最も身近で感じるには、目に見える利便性の向上や、効率化による社会コストの削減(税金や社会保険料などの低減など)だろう。そうした目に見える効果を一切示すことなくデジタル化に突き進んでも、国民の理解を得ることはできないばかりか、デジタル化そのものへの警戒感やそれを忌避しようとする風潮まで生じさせてしまう。つまり、デジタルのもつ特質を理解し、それを前提として社会構造を大胆に変革しない限りデジタル社会を構築することはできない。諸外国が社会構造の変革を着々と進める中で、日本だけがデジタルに対する警戒感や不安感ばかりが先行し、従来の紙文化の補助的手段もしくは両者の混在を図ろうとしているように見えてならない。新旧の文化が混在する社会構造は、社会活動の煩雑さや複雑さがかえって助長され、ひいては社会的コストの増大にもつながっていく。

 一方、新型コロナウイルスへの感染対策で、我々国民は、紙などのアナログ前提とした生活から、デジタル前提(行かない、会わない、触らない)とした社会生活を体感し、デジタルの恩恵を受けたことから、デジタル前提で行うべきことも議論できる機会を得た。今後、デジタルをフル活用することで、様々な制度・政策を柔軟に企画・立案を可能とするマイナンバーに基づく基本データを整備させ、活用していくことが望まれる。今こそ将来社会のグランドデザインを真剣に模索すべき時ではないか。

 我が国の社会がデジタルの享受を受けつつ、国際社会で一定の地位を確保していくには、『デジタル忌避』という病根に正面から向き合い、それに対処する必要があると考える。

 その処方箋として、本報告書では以下の3章に分けてそれぞれの視点から提言する。

第1章では、デジタル社会にふさわしいデモクラシーとは何かについて考える。社会を構成する上で欠かすことにできない権利と義務について税・社会保障の観点から検証し、公正公平な社会を実現する上でデジタル技術をどのように活用できるかを考える。また、デジタル社会にふさわしい戸籍や不動産登記、および情報の効果的活用についても考察し、公正で透明な社会構築に向けたデジタル活用のあり方について提言する。

第2章では、人生100年時代と言われる長寿社会に向け、組織と人材の活用をいかに図るべきかについて考察する。生産年齢人口の減少や働き方改革など様々な社会的課題が提起されているが、組織や人材活用や教育のあり方などを通じて、イノベーティブな社会構造への転換の必要性について提言する。

第3章では、デジタル化がもたらす健全な資本主義社会に向けた考察を行う。現金流通を透明化することで得られる効率的で低コストでかつ安全な社会建設に向けた海外の事例を紹介しつつ、デジタル化による我が国の資本主義の健全な成長に向けた今後の将来像を提言する。

ここに記したニッポン病への処方箋は、日本が国際社会の中で一定の地位を確保する上での最低限の提言であり、これら社会改革に目を背けていては、遠くない将来に日本は確実に後進国・貧困国に陥落する。 もはや変革の機会はあまり残されていない。今こそ社会構造の大改革に果敢に向き合うべき最後のチャンスであると考える。

デジタル社会グランドデザイン部会メンバー(50音順)

   安達 和夫  NPO法人東アジア国際ビジネス支援センター(EABuS) 【執筆者】
   市川  衛  日本放送協会(NHK)
   榎並 利博  NPO法人東アジア国際ビジネス支援センター(EABuS) 【執筆者】
   仙波 大輔  NPO法人東アジア国際ビジネス支援センター(EABuS) 【執筆者】
   高村 隆浩  日本オラクル株式会社
   中井川 禎彦 日本オラクル株式会社 【執筆者】
   人見 尊志  日本オラクル株式会社
   平田 祐子  中野区役所 【執筆者】
   藤澤 眞人  株式会社データホライゾン
   松本  泰  セコム株式会社 IS研究所
   宮本 大輔  株式会社日立製作所 【執筆者】
座長 森田  朗  津田塾大学 教授 東京大学名誉教授 【執筆者】
   村上 文洋  株式会社三菱総合研究所
   横江 宏文  日本電算企画株式会社
   廉  宗淳  イーコーポレーションドットジェーピー株式会社

目 次

序章 デジタル社会による社会変動.
第1章        デジタル社会にふさわしいデモクラシーの再構築
1-1      権利と義務.
1-2      社会保障における権利と義務
1-3      IDを核とした生活に係る情報集積の徹底
第2章        日本の組織文化の大転換=垂直社会から水平社会へ
2-1      雇用・労働環境の転換
2-2      今後の組織と人材のあるべき姿
2-3      今後の教育に求められるもの.
第3章        デジタル価値に基づく資本主義経済
3-1      所得格差および負担と給付の適正化
3-2      キャッシュレス化による健全な資本主義社会の実現
3-3      デジタルによる持続可能な社会の実現

ダウンロード(PDF 112ページ)

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